コラム

中国警戒という「隙」だけではない、米NATOがこれほど「無力」になった理由

2022年03月22日(火)11時10分

NATOは今ロシアとその同盟国ベラルーシに面するポーランドやバルト三国に計5千人を常駐させ、4万人の即応部隊を擁するが、それでもウクライナ侵攻を抑止できなかった。ボリス・ジョンソン英首相もバイデン氏と同様「いかなる状況でもウクライナで英軍がロシア軍と戦うことはない」と明言し、プーチン氏の冒険主義にお墨付きを与える形となった。

中立国で高まるNATO加盟論議

NATOに加盟していなければウクライナのようにプーチン氏の餌食になる恐れがある。ロシアを刺激するのを恐れてこれまで「フィンランド化」と皮肉られる中立政策を維持してきたフィンランドでもNATO加盟に賛成する世論が2017年時点の19%から53%に跳ね上がった。同国は中立を破り、ウクライナに対戦車兵器やアサルトライフル、弾丸を供与した。

1814年以来戦争をしたことがなく「軍事同盟に参加しない」ことを外交の伝統にしてきたスウェーデンでもNATO加盟に賛成する声が1月の42%から51%に急上昇した。同国はウクライナに対戦車ミサイル5千基を供与した。スウェーデンが他国に武器を供与するのはソ連がフィンランドに侵攻した1939年の冬戦争でフィンランドを支援して以来、初めてのことだ。

フィンランドは憲法で徴兵制を定めており、スウェーデンは2010年にいったん徴兵制を中止したものの、ロシアの脅威に対抗するため17年に再開した。フィンランドは国防予算の増額は「不可避」との立場を表明した。スウェーデンも国防予算を倍増して、できる限り早く国内総生産(GDP)の2%まで引き上げる方針だ。

フィンランドやスウェーデンは、ウクライナやジョージア(旧グルジア)と同じNATOのパートナー国だ。NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は「われわれは集団防衛と抑止力を長期的にリセットしなければならない」とNATO加盟国は最低でも国防費にGDPの2%を充てる必要があることを改めて強調した。

220322kmr_unr01.png

出所)NATO資料より。NATO目標のGDP比2%の国防費を達成しているのは10カ国だけだ

ロシアとの付き合い方

ロシアのような核弾頭を6千発以上も保有する権威主義国家と付き合う方法の一つは、ゲアハルト・シュレーダー元独首相、フィンランドのパーヴォ・リッポネン元首相、イタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相、極右のリーダーのように「懇ろ」になることだ。NATOと欧州連合(EU)の加盟国であるハンガリーのオルバン・ビクトル首相もこの口だ。

こうした国や人々は、ロシアから天然ガス・原油、鉱物資源を輸入する見返りに、自動車や自動車部品、機械、医薬品を輸出できれば良いという「毒を食らわば皿まで」の実利派。ギリシャやキプロスのように正教つながりからロシアマネーにどっぷりとつかり、「ロシアのトロイの木馬」と呼ばれている国もある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story