コラム

「中国・デジタル人民元は失敗する」と願望で分析しては、日本が危ない

2020年11月05日(木)12時02分

KACHURA OLEG/ISTOCK

<実現間近になった中国によるドル覇権への挑戦を、(特に日本が)甘く見てはいけない理由>

中国が「デジタル人民元」の大規模な実証実験を開始した。中国は近年、アフリカや東南アジアに経済圏を広げつつある。デジタル人民元が普及した場合、ドル覇権が崩れる可能性も否定できないが、日本国内の関心は薄い。

実証実験は10月、ハイテク都市として知られる深センで行われた。今後、主要都市を含む28地域に実験エリアを拡大する。中国は各国に先駆けて通貨のデジタル化を進めているが、今回の取り組みにより、実用化に大きく近づいた。

ビットコインの普及をきっかけに、通貨のデジタル化はもはや現実的課題となっているが、中国はいち早くこの技術に目を付け、独自に研究を進めてきた。アメリカの中央銀行に相当するFRB(米連邦準備理事会)や日銀もデジタル通貨に関する研究は行っているものの、実際に発行する計画は立てていない。

デジタル通貨が普及してしまうと、市中銀行の役割が低下するため、中央銀行が傘下の銀行を通じて市場を操作することが難しくなる。表面的にはさまざまな理由を挙げているが、デジタル通貨の発行で中央銀行が持っていた政治的、経済的特権を失うことを危惧しているのは明らかだ。

各国がもたもたしているうちに中国は一気に開発を進め、大規模な実証実験を成功させた。今のところ国際的な金融市場におけるドルの立場は圧倒的だが、筆者はデジタル人民元について甘く見ないほうがよいと考えている。

ドル通貨圏を迂回する取引の増加

デジタル人民元はいわゆる電子マネーとは根本的に異なっており、それ自体が通貨である。現時点で海外送金を行う場合には、銀行を介して相手に資金を送ることになるが、現実に送金は行われていない。SWIFT(スウィフト:国際銀行間通信協会)に代表されるメッセージ通信システムを介して銀行が代理決済を行い、送金と着金を相殺処理するだけである。

この代理決済は基本的にドルで行われる。ドル以外の通貨国に送金する場合も、一旦、ドルを経由するので、アメリカは金融市場において圧倒的な支配力を維持できた。

ところがデジタル人民元は、直接、相手に通貨を送れるので、紙幣を手渡したことと何ら変わらない。ドル通貨圏を経由しない取引が増えれば、相対的なドルのシェアが低下する可能性が出てくる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルとヒズボラが交戦、ガラント国防相は夏の攻

ビジネス

米の対中投資規制、年内に策定完了へ=商務長官

ビジネス

ネット証券ロビンフッド、第1四半期は黒字転換 仮想

ビジネス

独プーマ、第1四半期は売上高が予想と一致 年内の受
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story