コラム

戦慄の経済小説『トヨトミの野望』が暗示する自動車メーカーの近未来

2016年11月22日(火)14時40分

トヨタが下した大きな決断

 豊田氏は、自動車メーカーとしての原点回帰を掲げてリーマンンショックを乗り切り、トヨタを再び成長軌道に乗せた。現在のトヨタは豊田体制の下、順風満帆に見えるが、自動車産業の地殻変動は徐々に始まっている。豊田氏は常々、自動車メーカーが今と同じような形態で生き残れる保証はないとして、将来に対して強い危機感を示してきたが、こうした豊田氏の懸念は、徐々に現実のものとなりつつある。

 トヨタはこれまで次世代のエコカー戦略において、ハイブリッド車(HV)と燃料電池車(FCV)を中核技術と位置付けてきた。特に燃料電池車については、半ば日本の国策となっており、全国に水素ステーションを建設するという話まで浮上している。しかし世界の潮流はむしろ逆方向となっており、電気自動車(EV)がエコカー時代の主役となりつつある。

【参考記事】ウーバーと提携したトヨタが持つ「危機感」

 電気自動車の最大の欠点は走行距離が短いことであり、この点において燃料電池車は完全に優っているというのが日本勢の見解であった。ところがITの普及によってこうした基礎的な条件も変わりつつある。米国では自動運転車の実用化は時間の問題となっており、人がいなくても自動車が移動できることがすでに大前提となっている。

 駐車スペースに充電設備を設置し、地図情報システムなどと連携すれば、駐車中に充電を行ったり、空き時間を見つけて自律的に充電ステーションに向かうことが可能になる。このような環境において電気自動車はあまり不利にはならない。

 電気自動車は構造が簡便で大幅なコスト安が期待できることもあり、各国は電気自動車を中心とした政策に舵を切りつつあるというのが現実だ。環境意識の強い米カリフォルニア州では、一定の割合でエコカーを販売しなければならないという規制があるが、とうとうハイブリッド車はその対象から外れてしまった(2017年秋発売のモデルから)。

 トヨタは従来の方針を大転換し、電気自動車の量産化を目指す方針を決定。11月17日には、戦略立案や開発を担当する新しい組織を設置すると発表した。

北米依存体質とIT化社会の足音

 トヨタがここまでの決断を迫られる背景となったのは、同社の北米依存体質である。日本の自動車メーカーは、1980年代に勃発した日米貿易摩擦をきっかけに、輸出中心のビジネス・モデルを転換。米国内に多くの工場を設立し、現地生産体制を強化してきた。その効果もあり、自動車の貿易摩擦は鎮静化し、為替に依存する経営体質からの脱却にも成功したかに見えた。

【参考記事】若者がクルマを買わなくなった原因は、ライフスタイルの変化より断然「お金」

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

サマーズ氏、オープンAI取締役辞任 エプスタイン元

ワールド

ゼレンスキー氏、トルコ訪問 エルドアン大統領と会談

ワールド

米政権、消費者金融保護局局長にOMB幹部指名 廃止

ビジネス

米8月の貿易赤字、23.8%減の596億ドル 輸入
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story