コラム

トランプ新政権で米国は好景気になる可能性が高い

2016年11月14日(月)16時01分

 国債の増発で気になるのはやはり財政だが、幸いオバマ政権時代に米国の財政はかなり好転している。オバマ政権は米国史上最大規模の軍事費削減を実施したほか、経済の回復で税収が順調に伸びた。リーマンンショック直後の2010年における財政赤字のGDP比は8.9%だったが、2015年における比率は3.2%となっている。政府債務のGDP比も資産と相殺しないグロスで100%程度なので日本と比較すればはるかに健全である。今のところ米国には財政余力がたっぷりあると見てよい。

 米国は2014年にサウジアラビアを抜いて世界最大の石油産出国となっており、天然ガスなどを含めれば、米国は理論上、すべてのエネルギーを自国で賄うことができる。しかも米国は先進国では珍しく、人口が継続的に増加する見込みとなっている。成長に必要な材料はすべて揃っており、大統領1期目の4年間に限定すれば、トランプ氏の大規模インフラ投資がマイナスに作用する要素はあまり見当たらない。

最初にターゲットとなるのはNAFTAではなくTPP

 もちろんトランプ氏の大統領就任には懸念材料もたくさんある。金利上昇が行き過ぎればインフレのリスクが高くなるし、財政出動にも限界はある。だが多くの人が気にしているのは、やはり自由貿易体制からの転換だろう。

 トランプ氏は当初、メキシコとの国境に壁を作ると宣言し、NAFTA(北米自由貿易協定)やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)について否定的な見解を示していた。これらの公約を本当に実現するということになると、米国を中心とした自由貿易体制は一気に崩れてしまうことになる。世界貿易が大幅に縮小する事態となれば、結果として米国経済も無傷ではいられないだろう。

 もっとも、トランプ氏が指名を受諾した共和党大会では、「国益に反する貿易協定には反対する」という曖昧な言い回しに修正された党綱領が発表されており、トランプ氏も最終的には何らかの妥協を迫られる可能性が高い。政策決定のカギを握る首席補佐官に、共和党主流派に極めて近いプリーバス氏の就任が決まったことからも、トランプ氏がある程度、現実路線を意識していることが分かる。

 米国経済とメキシコ経済はすでに一体化しており、NAFTAからの完全撤退は非現実的だ。トランプ氏がアリバイ作りとしてターゲットにしやすいのはTPPの方だろう。米国がTPPを離脱すれば、米国にとってもデメリットとなるがNAFTAと比較すれば影響ははるかに少ない。

 もっとも、米国がTPPを承認しない場合、日本の製造業にとっては大きな打撃となる。TPPは加盟国のGDPの85%を占める国で承認されなければ発効されない仕組みになっている。TPPがなければ貿易交渉は完全に個別対応ということになるので、米国からどのような要求が出てくるのか現時点ではまったく予想が付かない。

 場合によっては、日本が農作物の市場開放を実施しなければ自動車に関税をかけるといった交渉パッケージを持ち出してくる可能性はゼロではない。そうなった場合、日本メーカーは米国での生産比率を上げる必要に迫られるが、それは国内雇用の喪失を意味する。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story