コラム

テロは経済に「ほとんど影響しない」と言える理由

2015年11月24日(火)16時43分

パリ同時多発テロはショッキングな事件ではあるが、少なくとも世界経済にマイナスの影響を及ぼす可能性はあまりないだろう Luciano Mortula-iStockphoto.com


〔ここに注目〕テロ発生件数と全世界の実質GDP成長率

 パリで発生した同時多発テロから10日が経過した。主犯格とみられる人物の死亡は確認されたが、欧州全土では依然として緊張状態が続いている。実はここ数年、全世界的にテロの発生件数が増加の一途を辿っており、パリで発生した事件は全体のごく一部分に過ぎない。こうした状況から、今後もテロが頻発することによって、豊かな市場経済が維持できなくなるのではないかという懸念の声も聞かれる。

 テロの件数が急増しているというのは事実なのだが、過去を振り返ると、テロによって世界経済がダメージを受けたというケースは実はほとんどない。テロの目的のひとつは恐怖や不安を拡散させ、経済活動を停滞させることなので、その点においてテロリストはほとんど目的を達成していないと考えてよいだろう。パリの事件はショッキングな出来事ではあるが、少なくとも経済的な面において、過剰反応する必要はなさそうだ。

統計的に、テロと経済成長はほぼ無関係

 米メリーランド大学の調査によると、近年、テロの発生件数が急増している。2014年は約1万7000件のテロが発生し、これによって全世界で約4万4000人が死亡した。2000~2010年の発生件数は平均すると年2500件程度だったので、ここ2~3年の間に一気に増えたことになる。ただ、テロ1件あたりの死者数を見ると、大きく上昇しているわけではなく、小規模なテロが頻発している状況であることが分かる。

 テロが発生すると、人々は精神的に大きな影響を受けることになる。直接被害を受けた国では、精神的なショックからなかなか立ち直れず、経済活動が停滞する可能性がある。また観光地への旅行を控えるケースが増えてくるため、観光業や運送業にとっては直接的な影響が及ぶ。

 テロに対する警戒も経済活動を妨げる可能性がある。今のフランスはまさにそうなのだが、容疑者が欧州域内を自由に行き来していたことが問題視されており、政府は国境での警備活動を強化する方針を打ち出している。空港などにおける警備強化は、スムーズな人とモノの移動を抑制することになるだろう。

 では、テロの発生は、グローバルな経済活動にどれほどのマイナス影響を与えるのだろうか。メリーランド大学の調査結果をもとにテロと経済の関係について分析してみると、意外な結果となった。

 1980年以降におけるテロの発生件数と全世界の実質GDP(国内総生産)成長率をグラフ化してみると、見た目からは明確な相関が感じられない。試しに相関係数をとってみるとマイナス0.08となり、数字の上でも両者に明確な相関は見い出せなかった(ゼロに近いと相関がないと判断される)。学術的に厳密な分析ではないので、安易な結論は禁物だが、おおよその傾向をつかむには十分である。テロの発生は経済活動にあまり影響しないと考えて差し支えないだろう。

kaya151124-b.jpg

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story