コラム

北朝鮮が舞い上がる「ウクライナ戦争特需」の注文主はロシア

2024年04月09日(火)15時00分
兵器工場を視察する金正恩総書記

兵器工場を視察する金正恩総書記(昨年8月) KCNAーPOOLーLATIN AMERICA NEWS AGENCYーREUTERS

<ロシアは北朝鮮に急接近して大量の砲弾を入手し、その引き換えにおそらくミサイル技術を提供した>

先月26日、北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長(金正恩〔キム・ジョンウン〕総書記の妹)は言った。「日本の首相の政略的な打算に朝・日関係が利用されてはならない......日本側とのいかなる接触も交渉も無視し、拒否する」

これは、岸田政権が北朝鮮訪問、首脳会談実施の秋波を送ってきているが、拉致問題での北朝鮮の妥協を条件とする限り、受け入れられない、と公言したものだ。ただ、北朝鮮が韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権に見せた罵詈雑言はなかった。多分、日本カード、岸田カードを温存しておきたいのだろう。


今、北朝鮮は国内の権力基盤である諜報・公安当局を締め上げて拉致問題で譲歩をさせてまで、対日関係を進める必要を感じていない。「無理をして岸田来訪を受け入れたところで、日本は対米、対韓関係を害してまで、北朝鮮との関係樹立を急がない。2006年以降、国連安保理決議に基づいて取った制裁諸措置に反する経済協力をするはずもない」と、重々承知している。

加えて、北朝鮮の核ミサイルが質量とも完成の域に近づいていることで、米韓からの脅威は抑止できている。そして今は、日本よりはるかにリアルな金づるがある。それはロシアからの戦争特需だ。

ロシアは国防費を開戦前の2倍強に増やして兵器増産に励むも、戦闘時には1日5万発も使う砲弾の補充が間に合わない。そこで昨年7月にはショイグ国防相が訪朝して、北朝鮮の軍事技術を視察。9月には金正恩を極東のボストーチヌイ宇宙基地に招き、ぴかぴかに磨き立てたロケット組立工場でプーチン大統領自らにこやかに金を迎えて案内した。おそらくロシアはミサイル技術を提供し、推定300万発の砲弾などを手にした。

日本の「一時的政権浮揚」に使うな

これは、北朝鮮に「ウクライナ戦争特需」をもたらす。金正恩は舞い上がり、年末の党会議で軍需部門に増産への大号令をかけた。砲弾だけではなく、ミサイル、機関銃、被服などの注文も来ているだろう。

1950年の朝鮮戦争特需で日本経済がそれまでのデフレを脱し、高度成長に向けて離陸した時を思わせる。さらに古くは「ナポレオン戦争特需」もある。ナポレオンがフランス帝国建設の野望を遂げようとするのにイギリスが対抗。1797年には金本位制から一時逸脱して不換紙幣を増発。政府もGDPの数十%に上る支出を行った。これが、19世紀初頭のイギリスの工業急発展をもたらした。高付加価値の工業が急速に伸びたことが、産業革命を深めたのだ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

自動車関税に伴う値上げ「全く気にしない」=トランプ

ビジネス

UBSグローバル、S&P500種の25年末目標を6

ワールド

トランプ氏、5月中旬にサウジ訪問を計画 2期目初の

ビジネス

日中韓貿易相会合、地域貿易の促進で合意 トランプ関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 9
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story