コラム

台湾情勢は中国もアメリカも台湾与野党も手詰まり 最も現実的な解決策は......

2022年09月03日(土)17時29分

ペロシ訪問は熱烈歓迎されたが(台北市内の台北101ビル) I-HWA CHENGーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<ヒントは冷戦時代のヘルシンキ合意にあり>

ペロシ米下院議長による訪台断行に対して、中国海軍が台湾封鎖の配置を示してから1週間。そのまま配置を続けるかと思ったが、中国軍は8月10日、この演習の終結を宣言した。

このことは、台湾をめぐっては中国も出方に限界を抱えていることを意味する。そして、それは中国だけではない。

台湾の与党・民進党政権も、「台湾独立」にアメリカの支持を得ることはできない。民進党も野党・国民党も中国もアメリカも、どこも自分の思いを100%は実現できない。台湾情勢は、三すくみ、四すくみ。その枠組みのなかでいま可能なこと、やるべきことを行うしかない。

実際、中国が台湾を武力制圧するのは難しい。ウクライナ戦争でもロシアは黒海からの上陸作戦に失敗している。台湾を海上封鎖しようとしても、中国海軍は台湾東岸の太平洋上で長期の作戦を展開する力を持っていない。

さらに米軍艦、あるいは日本の潜水艦が中国のシーレーンを脅かせば、中国はそちらに軍を向けざるを得ない。武力侵攻を強行し、制裁(国際経済からの締め出し)を食らえば、西側への貿易・投資依存度が高い中国はひとたまりもない。

では、台湾の民進党がアメリカを引き込んで「台湾独立」を実現できるかというと、それも疑わしい。台湾の民主主義は本物で、台湾の人々はこれを本気で愛しているが、だからといって戦争の危険は冒すまい。

台湾の生活水準は中国の都市部の水準に追い付かれてきた。そして80万人もの台湾の人々が(家族を含めて)、台湾企業が中国本土で展開する工場や企業で働いている。彼らは、「中国共産党体制でも操業し、いい暮らしができる、生きていける」という実感を持っていることだろう。

台湾では2018年に徴兵制が停止され、その後の青年たちは、きつくて低給の軍隊を忌避している。今の台湾青年たちにとっては自由のために戦争をするより、いい職を見つけることのほうが先決だ。

さらに軍の幹部には本土からやって来た国民党軍幹部の子孫が多く、彼らには本土との一体意識がある。中台統合後の地位を保証されれば、「寝返る」ことも十分考えられる。

今年11月の統一地方選挙において最重要の台北市長選では、蒋介石のひ孫で国民党の蒋万安(チアン・ワンアン)が優勢にある。勝てば蒋はその勢いで2024年1月の総統選に出馬するだろう。

しかし、たとえ中国寄りとされる国民党が政権を取ったとしても、台湾が中国に完全になびくわけでもない。中国の経済も下降気味で、もはや台湾を席巻する勢いはない。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story