コラム

世界がいま「文明逆回転」に舵を切りはじめた

2020年03月05日(木)16時40分

トランプの腰巾着グレネルはナチス台頭を彷彿させる AXEL SCHMIDT-REUTERS

<弾劾無罪を誇示するトランプ大統領率いるアメリカを筆頭に、各国で広がる格差ゆえの不満がポピュリズムや強権政治を生んでいる>

ローマ帝国滅亡の原因は諸説あるが、その1つに疫病説がある。イギリスの歴史学者イアン・モリスやアメリカの作家ウィリアム・ローゼンは、中国との交易で伝わった天然痘や麻疹(はしか)などでローマの人口が激減した可能性を指摘する。

そして今、人工知能(AI)や遺伝子改良など、「神の領域」に立ち入らんとした人類が罰を受けるかのように、産業革命以来「進歩」を続けてきた世界が逆回転を始めた。皮肉なことにローマ帝国と同様、中国製ウイルスがこれにダメを押している感がある。

歴史の逆転の第一は、言わずと知れたアメリカ。弾劾を退けて勝ち誇るトランプ大統領が、国家情報長官代行に腰巾着の素人リチャード・グレネル駐独大使を任命。今のところ、ロシア疑惑の情報を握りつぶさせる魂胆なのだろうが、政敵のアラを探させるようになれば恐怖政治の到来だ。

それは戦前のドイツを思わせる。1933年、ヒトラーは腹心ヘルマン・ゲーリングを最大州の内相に任命して警察を掌握し、その1カ月後、国会議事堂放火事件が起き(起こされ)、ヒトラーはこれを非常事態として市民権の多くを停止。野党政治家らを逮捕し、さらに政府が立法権をも掌握して独裁体制を樹立した。

「西側」の消滅

そして現代のドイツでも、歴史の逆転が生じている。2大政党が統治力を失い、極右政党が一時地方の政権を握った。ジョンソン英首相も強権手法に訴えるなか、最近のヨーロッパでは「『西側』の消滅(westlessness)」という言葉がもてはやされる。自由や民主主義など近代西側諸国の価値観がポピュリズムやファシズムに踏みにじられる一方、トランプは「西側」の同盟体制を文字どおり壊しつつある、というのだ。

文明が逆回転を始めたのはロシアも同じ。2月4日にはヤゾフ元国防相が勲章を受けた(同月25日に死去)。ヤゾフは失敗に終わった反ゴルバチョフ・クーデターの首謀者の1人として逮捕・収監された人物。この頃のロシアは、第2次大戦の勝者としてのソ連と自分を同一視し、当時の権益を回復せんとする勢いが強まっている。

インドは、世界最大の民主主義国であり、世界経済の希望の星と言われてきた。だが昨年の総選挙で大勝利したモディ首相率いる与党インド人民党は、経済改革どころか反イスラムのヒンドゥー教ナショナリズムと強権政治で国をまとめようとしている。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

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