コラム

ネタニヤフ続投で始まる「米=イスラエル=サウジ」のパレスチナ包囲網

2019年04月17日(水)11時45分

トランプ「世紀の取引」とネタニヤフ「入植地併合」はコインの裏表

その仕上げになるのが、トランプ大統領が提案するとされる「世紀の取引」という和平案であり、ネタニヤフ首相が公約とする「入植地の併合」となるだろう。その上、ハアレツ紙が書くように「世紀の取引」と「入植地併合」は密接に結びついている。3月下旬にトランプ大統領がゴラン高原にイスラエルの主権を認める宣言をした時に、「次は西岸だ」という声は様々にメディアに出ていた。

ゴラン高原はイスラエルが占領した後、1981年に同高原にイスラエルの国内法や司法を適用することを可能にする「ゴラン高原法」を制定して、事実上の併合を行った土地だ。

国連・国際社会は、ゴラン高原についてイスラエルの主権は認めず、早期撤退を求めている。その意味では、トランプ大統領の宣言はイスラエルのゴラン高原法を追認したものとなる。これは、トランプ大統領がエルサレムはイスラエルの首都と認知したことが、イスラエルの「エルサレム基本法」を追認したことと同じである。

この流れでいけば、今後、ネタニヤフ政権が西岸の占領地にあるユダヤ人入植地を併合すれば、トランプ大統領がそれを追認することは、自明である。ハアレツ紙は入植地併合について、トランプ大統領の「世紀の取引」が示され、パレスチナ側が和平案を拒否した後に、米国の支持を得て行われると見ている。

アッバス議長が「世紀の屈辱」だとみなす「世紀の取引」については、これまで様々に情報が出ている。2018年3月にはハアレツ紙が「パレスチナ国家は西岸の約40%となり、逆にイスラエルが10~15%を併合し、残りの地域についてもイスラエル軍が治安維持の責任を持つ」という見方を報じた。

kawakami190417-map.png

ヨルダン川西岸の地図、薄いオレンジ色がA地区およびB地区、青色がC地区 By UN - OCHA oPt - http://www.ochaopt.org/documents/ochaopt_atlas_restricting_space_december2011.pdf on OCHAoPt Map Centre.Part of http://www.ochaopt.org/documents/ocha_opt_humaitarian_atlas_dec_2011_full_resolution.pdf (95 MB), Public Domain, Link

西岸は現在、パレスチナ自治政府が治安も行政も統治するA地区(18%)、▽自治政府が行政を行うが、治安についてはパレスチナ警察とイスラエル軍が共同で管理しているB地区(21%)、▽イスラエルが治安も行政も支配するC地区(61%)に分かれている。C地区には125のユダヤ人入植地があり、38万人以上の入植者が住んでいる。

ハアレツ紙が今回の選挙を受けて書いている「イスラエルは西岸のほとんどの入植地を併合し、イスラエル軍の拠点や無人地帯を包含するC地区を保持する」という見立ては、これまでトランプ大統領の「世紀の取引」の内容として伝えらえてきたものと同じである。つまり、トランプ和平案の「世紀の取引」も、ネタニヤフ首相の「入植地併合」も、同じコインの裏表ということになる。

アラブ諸国指導者がイスラエルを擁護した秘密のビデオ

さらにトランプ大統領は露骨な親イスラエル・反パレスチナ政策をとりながら、パレスチナ自治政府への主要な財政支援国であるサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンなどの湾岸産油国の協力を取り付けている。

サウジのムハンマド皇太子がトランプ大統領の和平案を受け入れるようにアッバス議長を説得しているという話は、様々なメディアで繰り返し出てくる。一方でこの3国がイスラエルとの関係正常化を進めているという報道も広がっている。

2月13日、14日の2日間、ポーランドのワルシャワで米国主導による閣僚級の中東会議が開かれ、欧州や中東など約60カ国の代表が参加した。ネタニヤフ首相も出席し、アラブ世界からはサウジ、UAE、バーレーン、カタール、クウェート、オマーン、エジプト、ヨルダン、モロッコ、チュニジア、イエメンの計11カ国から外相や副外相らが出席した。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 5

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story