コラム

障害をさらけ出した番組の勇気

2016年05月24日(火)18時50分

 番組の最初のシーンで、ジョンはカメラに向かい、沈痛な表情で自分の絶望について語る。何度か無意識の言葉を口走っては、落胆した様子で握りこぶしを口に当てる。自分の言ったことを恥じては、うめく。ジョンの母の立派なほどに冷静な表情の裏で、彼女が背負う苦難も感じられる。

 このDVDには、スコットランドの以前と同じ小さな町に暮らす、20年後のジョンの様子も収められていた。幸いにも1989年の番組は、この町の人々がジョンを理解し、受け入れるのに役立ったようだ。

 20年後の追跡映像でもジョンの症状はまだ相当強く、それによって彼が疲労困憊していることは明らかだった。でも彼には親しい友人と愛する犬や趣味、そして管理人の仕事があるようだ。ジョンは威厳をもって重荷を背負い、充実した人生を送るいい奴、といった印象だった。

【参考記事】「EU残留」死守へ、なりふり構わぬ運動開始

 ジョンと彼のドキュメンタリーは、トゥレット症候群に対する認識を広めるのに大きく貢献した。おかげでこの障害をもつ人々は、少しだけ生きやすくなった。だが彼の物語は、僕のようにそのほかの人々の人生にも影響を与え、障害を抱える人に共感する力を育ててくれた。

 僕に向かって唾を吐いた男性がトゥレット症候群だったのかはわからない。でもジョンがいなかったなら、僕はお返しに彼をどなりつけていたかもしれない。そんなことをしたところで何の役にも立たないし、男性とその母親を苦しめるだけだったろう。

 だから僕はジョンについて思いをはせ、彼をどう表現すべきかと考えを巡らせた。心に浮かんだのは、「英雄」という一語だった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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