コラム

外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

2024年05月04日(土)16時40分

「半地下はまだマシ」?

ただし、日韓はすべてが同じというわけではない。韓国には日本とは異なった事情もある。ソッケンさんの悲しい事件はしばらくして「移住労働者ビニーハウス宿舎死亡事件」と報じられるようになった。移住労働者とは日本でいう外国人労働者のことだが、韓国では「外国人」という言葉を使わないことで、少しでも差別を軽減しようという配慮がある。一方で「ビニールハウス」が作業場ではなく宿舎であるという現実は、韓国で彼らが置かれている過酷な現実を表している。

韓国で農業用ビニールハウスが「住居」として利用され始めたのは、1970年代に始まった都市再開発の過程だった。立ち退きを迫られた人々に支払われる権利金や立ち退き料はわずかばかりで、それだけで開発後に新築されるマンションに入居することは不可能だった。人々は立ち退きに抵抗もしたが、当時の軍事独裁政権は暴力的な手段をもって再開発を強行した。

住む家を失った人々は誰かの家の半地下に身を沈めたり、都市近郊の農村地帯に流れてビニールハウスで暮らした。今は大都会となったソウル市の江南(漢江の南側)も、80年代以前には農地や荒れ地だった。今もタワマンの森に残るビニールハウスのスラムは、その頃に出来たものだ。

映画『ビニールハウス』(イ・ソルヒ監督、2023年)は、日本での公開にあたり「半地下はまだマシ」というコピーが添えられていた。主人公はビニールハウスに暮らす介護職のシングルマザー。「貧しい高齢者や外国人労働者が住むようなビニールハウス」に、女性が一人で暮らしているという意外性。その小綺麗で上品な雰囲気と、住居イメージとのギャップが映画の不思議な色合いとなっている。

雇用許可制でなく労働許可制を!

「でも日本の外国人労働者に比べたら、雇用許可制の韓国はまだマシではないですか?」とも言われる。韓国は2004年にそれまでの「研修・実習」といった建前を改めて、雇用許可制を実施した。それまで民間業者がやっていた労働者の移入を、政府レベルで公的に行うことで、一部の悪徳ブローカーを排除することができた。また国内労働者との同一待遇も保証され、労働法が適用されることにもなった。外国人であっても労働組合に参加し、不当労働行為に対しては法的に訴えることができる。

ところが現実問題としては、外国人の「雇用許可」を申請する企業のほとんどは、そもそも韓国人が嫌がるような職種や職場がほとんどだった。また宿舎についても、労働部(日本の厚生労働省にあたる)は冷暖房の完備等の最低基準を定めているのだが、韓国メディアによれば全体の3割はその基準を満たしていないという。

転職は認められてはいるものの、雇用許可制の対象の職種だけである。もっと条件の良いところを望むがゆえに、あえて違法就労をしてしまう人もいる。

「雇用する側が許可される『雇用許可制』ではなく、労働することが許可される『労働許可制』にしてほしい。それでなければ、労働者の人権侵害は放置される」

移住労働者の組合や支援グループの人たちはそう訴えている。

韓国も日本と同じく外国人労働者なしでは経済が回らなくなっている。農業や漁業関連以外の分野でも人手不足は深刻であり、韓国政府は2024年以降随時、林業や鉱業、料理補助などにも雇用許可制の枠を広げる意向である。自国経済の都合で外国人を利用するのは、韓国や日本だけに限らない。今や国際的な労働者争奪戦の様相となっているが、待遇面なら賃金の高い欧米やオーストラリアが有利だろう。韓国ウォンは日本円に対しては高止まりだが、米ドル等に対してはウォン安が続いている。

制度的には日本よりも早く整備を進めてきたおかげで、韓国で働くことを希望する外国人はとても多い。それにもかかわらず、ビニールハウスの宿舎しか用意できないような事業主が放置されてしまう。ここに韓国独特の構造的問題がある。それはまた次回に。

プロフィール

伊東順子

ライター・翻訳業。愛知県出まれ。1990年に渡韓、ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。新型コロナパンデミック後の現在は、東京を拠点に日韓を往来している。「韓国 現地からの報告」(ちくま新書)、「韓国カルチャー 隣人の素顔と現在」(集英社新書)、訳書に「搾取都市ソウル‐韓国最底辺住宅街の人びと」(筑摩書房)など。最新刊は「続・韓国カルチャー 描かれた『歴史』と社会の変化」(集英社新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story