コラム

オリバー・ストーンの甘すぎるプーチンインタビューと、その重すぎる代償

2022年05月23日(月)06時30分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<映画監督のオリバー・ストーンがロシアのプーチン大統領にインタビューした映像作品がウクライナ侵攻後、広く見られている。これはその書き起こし版だが、目立つのはやたらとストーンがプーチンに寄り添う危うい姿勢だ>

今回のダメ本

ishidoweb-02220521.jpg『オリバー・ストーン オン プーチン』
オリバー・ストーン[著]
土方奈美[訳]
文藝春秋
(2018年1月15日)

インタビューをどのようにアウトプットするか。相手の言い分に寄り添うだけなら、インタビュアーの仕事はほとんどのケースで意味を持たなくなる。言葉を引き出すのではなく、垂れ流すだけになるからだ。だからといって、厳しい言葉ばかりを投げ付ける見せ掛けだけの追及も意味がない。多くの場合、追及する側が自分の言葉に酔ってしまい、問題の本質から遠のいていく。インタビューは常にバランスの上に成り立ち、得た言葉を作品に落とし込む際にはさらに慎重なさじ加減が求められる。

本書では、著名な映画監督であるオリバー・ストーンがプーチンに試みたインタビューが一問一答形式で再現されている。生い立ちから始まり、大統領の座に就いてからの興味深い記述もある。

「ソ連崩壊にともなう最も重要な問題は、ソ連崩壊によって二五〇〇万人のロシア人が瞬きするほどのあいだに異国民となってしまったことだ。気がつけば別の国になっていた。これは二〇世紀最大の悲劇の一つだ」

「答えは非常に単純だ。この地域におけるアメリカの外交政策の基本は、ウクライナがロシアと協力するのを何としても阻止することだと私は確信している。両国の再接近を脅威ととらえているからだ」

いずれもプーチン自身の言葉だ。今回のウクライナ侵攻の背景を読み解く上でも極めて重要な視座を提供していること。これ自体は疑いようがない。だが、プーチンを相手にしたオリバー・ストーンは明らかにバランス感覚を失っている。

これは2015〜17年という時期に取材したことによる時代の制約があったからではない。ロシアはウクライナに攻め入っている。

理由は明白だ。彼はプーチンと自身の間にある共通点を見つけ出し、そこからプーチンという人間を理解しようと試みた。彼のアプローチそのものは良い悪いで判断するものではないが、今回は過剰な同調として作用してしまった。理解の鍵が、インタビュー冒頭のように家庭環境ならばまだ良かった。だが、インタビューを続けているうちに、オリバー・ストーンがアメリカの政治に向ける批判的な姿勢、イデオロギーとプーチンのアメリカへの猜疑心や恐怖心がきれいに重なってくる。結果的に20時間にわたる貴重なインタビューは、プーチンが見せたい「プーチン像」、プーチンが「アメリカに言いたいこと」を記録しただけ。そんな印象ばかりが残る1冊になった。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story