コラム

コロナ禍によって拡大した、デマ・陰謀論コンテンツ市場

2021年06月25日(金)17時30分

なお、25億円というのは500のサイトのみの数字で、英文のみの範囲なので全体ではさらに多いと想定される。たとえば、2020年3月に公開されたGDI(Global Disinformation Index)社の推定によると、EUでデマを拡散するサイトは毎年76億円以上を稼いでおり、およそ60%はグーグルの広告配信からのものだった。そして、グーグル、Criteo、Taboola、OpenX、Xandrの5社で全体の90%を占めていた。

GDI社は引き続き、広告配信がネット世論操作の温床になっていることを示すレポートを公開し、「Russian influence disinformation」ではインフォデミックを利用してネット世論操作を拡大するロシアの脅威も明らかになった。

こうした流れを受けて2021年5月21日、欧州委員会はネット世論操作対策ガイダンスを公開し、この中で広告エコシステムからフェイクニュースや陰謀論、デマを排除することが成功の鍵であるとした。そのためにはSNSプラットフォームの協力が必要であり、幅広い関係者の参加を求めていた。このガイダンスについては拙ブログで詳しい内容をご紹介している。

コロナに関する新しいニュースを利用してアクセスを伸ばすデマサイト

GDI社のレポートによると、こうしたフェイクニュースやデマを拡散するサイトは、ワクチンに関するなんらかの新しいニュース(ワクチンパスポート、ワクチンの有効性などに関するもの)を拡散するチャンスに利用している。そのため、本来ならば正しい情報がニュースを通じて広まるべき時に、誤った情報も広く流布することになってしまっている。

2021年の年初から4月1日までのデータによると、ワクチンに関する大きなニュースのたびにこうしたサイトのアクセスが大きく伸びていたがわかっている。この期間中、もっともアクセスが多かったのはファイザーが子供への治験について発表した3月25日だった。この時もグーグルを始めとする各種広告配信ネットワークが利用された。

プラットフォームのコンテンツチェックはほとんど役に立たなかった

もちろん、プラットフォーム各社もコンテンツ・モデレーションを行って問題ある投稿を削除するなどの措置を講じている。しかし、前掲のNEW AMERICAとオクスフォード大学のレポートによれば、そこにはかなり問題がある。オクスフォード大学のデータメモは、「グーグルはYouTubeから有害コンテンツを削除するが、問題あるサイトの運営者は広告トラッカー、決済サービス、クラウドサービスなどの目立たないバックエンドサービスから、資金やデータの流れの面で引き続き利益を得ることができる。同様に、フェイスブックは傘下のSNSから有害なコンテンツを削除することができるが、様々なウィジェット、広告、分析トラッカーを通じて、問題のあるコンテンツに利益を与えている」と指摘している。

NEW AMERICAのレポートは、プラットフォームはアルゴリズムで投稿を削除しているが、その内容は不透明である、としている。たとえば、なにをいつなぜ削除したかを公開していない。パンデミックの最中、プラットフォームでの投稿の扱いが不透明であることに危惧を覚えた75の団体と研究者が、「システムが自動的にブロックしたり削除したりしているもの」の情報を保存するようSNS企業に求める公開書簡を発表したことを紹介している。

問題なのはターゲット広告とアルゴリズム

2018年のアメリカ全体のデジタル広告費の60%をフェイスブックとグーグルが占めていた。2016年の大統領選でSNSプラットフォームがネット世論操作に利用されて以来、各SNS企業は対策を講じているものの効果は限定的だ。コンテンツ・モデレーションのルールには一貫性がなく、しばしば恣意的に運用されているため、活動家やジャーナリストのコンテンツが不当に削除され、表現の自由が制限などの問題が起きている。こうした問題に対して、SNSプラットフォームにユーザの投稿に対する法的責任を負わせることを検討している政府は多い。ユーザの投稿の確認とはコンテンツ・モデレーションに他ならない。

しかし、本当の問題はそこではなく、ターゲット広告のビジネスモデルそのものとアルゴリズムだと、NEW AMERICAのレポートは指摘している。そもそもターゲット広告は、センセーショナルなコンテンツ、人目を引く話題性のあるコンテンツを優先的に表示するように設計されており、選挙はもちろん、コロナパンデミックの際に生命を守るための情報の質を低下させる偏った意見や金目当ての投稿を増幅しやすい。さらに、ターゲティング広告では、有料会員が、人々の属性や申告した関心事に加えて、アルゴリズムによって推測される他の特徴に基づいて、広告を含むさまざまなタイプのコンテンツを特定の利用者に発信できるためフィルターバブルを作りやすい。

政府もプラットフォーム企業も本当の問題に適した対処を用意していない。川下の対策であるコンテンツ・モデレーションは必要だが、ターゲット広告とそのアルゴリズムをなんとかしない限り効果は薄い。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス

ビジネス

米国株式市場=S&Pとナスダック下落、ネットフリッ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story