コラム

日本でワクチンにまつわるツイートはどう広がったのか 215アカウントが影響を与えていた

2021年03月17日(水)17時30分

リツイートの傾向から見えてくるエコーチェンバー現象

どのツイートをリツイートするかによって、そのアカウントの傾向を整理できると考えてアソシエーション分析を行った。アソシエーション分析はマーケティングなどで用いられる手法で、POSデータから一緒に購買されている商品の組み合わせを見つけ出すことができる。いわゆるアップセル、クロスセルのために使うことが多い。

なお、リツイートからアカウントの傾向をとらえるアプローチは鳥海不二夫と榊剛史の「バースト現象におけるトピック分析」(情報処理学会論文誌Vol.58No.6)を参考にした。この場を借りて御礼申し上げたい。

今回は、同じ傾向を持つアカウントが同じツイートをリツイートするだろうという仮定の元に、よくリツイートされるツイートの組み合わせを抽出して整理した。

「支持度」(support)とは全体の中でのその商品(今回はリツイート)の組み合わせの占める割合、確率である。「リフト値」とは、ある商品と別の商品が一緒に購入される確率を、別の商品が単体で買われる確率で割ったものである。この数値が1以上なら別の商品はある商品との組み合わせで購入されやすいことがわかる。なお、アソシエーション分析では組み合わせのことを「ルール」と呼んでいる。

ichida20210317L.jpg

ichida20210317M.jpg

リツイートの整理の中でリフト値がエコーチェンバー現象を示してしていることに気がついた。エコーチェンバー現象とは、SNSなどで自分の好みの相手をフォローしてゆくと、そこに閉鎖的な空間ができて自分の好きな似た傾向の情報ばかりが目に映るようになる現象を指す。

今回のリフト値はあるツイートが単体でリツイートされる確率よりも、他のツイートと一緒にリツイートされる確率が高い場合に高くなる。リフト値が高いということは、そのリツイートの組み合わせが多いことと、その組み合わせ以外が少ないことを意味する(正確には有向なのでじゃっかん異なる)。そしてその組み合わせのツイートをしているのはほとんどの場合、ひとつのアカウントなのだ。エコーチェンバー現象の閉鎖的な空間に近い。

一般にリフト値は1以上で有効と言われているが、ご覧いただくとわかるように今回のルールのリフト値は非常に高いため、ワクチンのコミュニケーションではエコーチェンバー現象が起きていた可能性が高い。

リフト値の高いルールと支持度の高いルールのいずれでも、内容が似ているツイートというよりは同じアカウントの投稿をリツイートする傾向が見られた。最初にリツイートしてから2時間以内に他をリツイートされていることが多い。ツイッターを見ている時にタイムラインに流れてくるお気に入りのアカウントのツイートをリツイートしていると解釈できる。前述した、情報の信頼性よりも利便性(アクセスの容易さ)を優先する傾向と、エコーチェンバー現象の現れと考えられそうだ。

現在のところ陰謀論やデマが広く流布する状況ではなかった

ワクチンに関するSNSのコミュニケーションは、現在のところ陰謀論やデマが広く流布するような状況ではなかったものの、多くのツイッター利用者は信頼性の高い情報よりも利便性の高いツイートを参照しており、エコーチェンバー現象に陥っているためにそのツイートに問題があってもその指摘が届かない危険がある。

コロナ禍の現在、信頼ある正確な情報を効果的、効率的に届けなければならない。SNSにおいて信頼性よりも利便性を優先する傾向がある以上、それに合わせて柔軟に「一般人」や「医療クラスタ」への対応を考える必要がありそうだ。

ただし、留意が必要なのは全く同じ方法論でネット世論操作を行うことも可能である点だ。バズることでアクセスを稼ぐことにも応用できる。本稿には書かなかったが、首相官邸のツイートだけをリツイートしていたアカウントが2,681個もあったなど予想外の発見もあった。可能性は低いと思うが、本稿を見た方がよからぬ目的で、「一般人」、「医療クラスタ」、「文化人」のアカウントに連絡を取ろうとする可能性を考えて名前は伏せた。同じ理由で上位アカウントやアソシエーション分析の結果得られたルールの具体的な内容には触れないでおくことにした。

先行する記事としては、2020年12月25日鳥海不二夫の「ツイッター上では新型コロナワクチンをどう捉えているか」がある。2020年8月から12月までの期間にわたるツイートを分析したもので、本稿は直近の1週間を切り出したものになる。記事では4カ月のワクチンに関するツイート件数がおよそ450万件だったので、今回の1週間で84万件はだいぶ増えていることになる。状況もかなり変わったようだ。

本稿はあくまでの1週間という限定された中でデータを集計、整理したものである。いわば仮説の提示にすぎない。継続的なSNSコミュニケーションの研究や調査のなにかの参考になれば幸甚である。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米との鉱物資源協定、週内署名は「絶対ない」=ウクラ

ワールド

ロシア、キーウ攻撃に北朝鮮製ミサイル使用の可能性=

ワールド

トランプ氏「米中が24日朝に会合」、関税巡り 中国

ビジネス

米3月耐久財受注9.2%増、予想上回る 民間航空機
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story