コラム

米中国間でバランスを取って生き残る時代──EUと中国が締結した包括的投資協定の持つ意味

2021年01月07日(木)17時40分

意外かもしれないが、これらにはEUと中国がアフガニスタン、中東、リビアなど国際安全保障で協力することや、南シナ海問題、イランの核合意なども盛り込まれている。

だが、その後、中国の「戦狼外交」にEUは警戒を強め、一方中国はEUの経済以外の要求に難色を示し、交渉は必ずしもうまくいっていなかった。むしろ後退したように見えた。2020年12月10日にカーネギー・ヨーロッパのシニア・フェローでStrategicEuropeブログの編集長を務めるJudy DempseyがEU議会の議員や研究者など14人の識者に「ヨーロッパは対中国でアメリカと協力する準備ができていますか?とインタビューした結果が掲載されている。ほとんどが準備できていると答えていた。多くは3週間後にEUと中国が包括的投資協定に合意するとは予想していなかったのだろう。正確には条件付きで「YES」と答えている識者も少なくなかった。その予想ははずれてはいない。

ドイツとフランスが進め、ポーランドやイタリアが不満をもらす

EUには27カ国が参加している。一枚岩ではないことは当然で中国に対する対応も温度差がある。ヨーロッパのシンクタンクECFR(European Council on Foreign Relations)が2020年9月に公開したレポートによればパンデミックによってEUと中国の経済的な結びつきが強まる一方、警戒心も高まっていたという。EU加盟国は中国を実務的なパートナーと見なしているものの、同時に全ての分野でライバルとも見ている。例外を除き、EUが戦略的セクターへの中国の投資を制限する必要があると考えている。ほとんどの加盟国が中国に対して懐疑的な点は一致していた。

ただし、中国に対して懐疑的であっても排除にはならない。重要な実務的なパートナーなのだ。そもそも米中の「安定した緊張関係」はしばらく続き、世界にはアメリカと中国のふたつを中心とした巨大なサプライチェーンが構築されることになることが予想されている以上、中国を排除することは巨大なマーケットを失うことを意味する。

特にEUで最も影響力のある国のドイツは中国との経済的結びつきが非常に強い。このレポートには中国との貿易バランスのグラフも掲載されているが、ドイツの対中国貿易黒字額が飛び抜けて大きい。また、ドイツとフランスについて何度も触れている。EU加盟国の多くは、ドイツが経済的利益に注目して対中国政策を考えていると考え、フランスはEUを自国の地政学的権力の道具として扱っていることを懸念していると指摘している。両国はEUの中心であり、ドイツは2020年下半期のEU議長国だった。

ドイツとフランスはインド太平洋についていち早く反応し、フランスは2019年8月に「The Indo-Pacific region: a priority for France」、ドイツは2020年9月2日に「Policy guidelines for the Indo-Pacific region」を公開している。フランスはドイツのレポートを歓迎した。

ドイツとフランスがそれぞれの思惑で年内合意を進め、これに対してポーランドやイタリア(どちらも一帯一路参加国)は不満を持っていたと指摘されている(The Diplomat、2021年1月4日)。今回の合意はEU加盟国の意見の違いを浮き彫りにしたようだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story