コラム

安保法施行で日本は「専守防衛を転換」したのか

2016年03月29日(火)16時12分

 重要なのは、国連憲章51条の自衛権(個別的及び集団的)にしても、日米安保条約にしても、その目的が「自衛(self-defense)」のためであることだ。武力の行使には、「攻撃」と「防衛」があり、国連憲章で認められている権利は、集団安全保障措置を除けば、あくまでも「自衛」のみである。政府が、集団安全保障一般には参加できないと述べている以上、ここで焦点にすべきはあくまでも「自衛」の措置である。

日本はこれからも引き続き「専守防衛」に徹する

 さて、ここで疑問なのは朝日新聞の一面で書かれている「集団的自衛権容認、専守防衛を転換」という表現である。繰り返しになるが、集団的自衛権の行使とは、国連憲章に明記されている通りに「自衛的措置」であり、攻撃ではない。相手からの攻撃がない状態で、一方的に武力の行使が認められるはずがない。国際法上も一般的に、自衛的措置である場合にそれが個別的であるか集団的であるか、権利上の大きな違いはない。少なくとも、「集団的自衛(collective self-defense)」とは、その言葉のとおり、自衛(self-defense)であるのは当然である。

 たとえば、同時多発テロの後に、NATO加盟国はアメリカ防衛のために集団的自衛権を発動して、アメリカ上空の警備行動をとったのだが、それはあくまでも「自衛」の措置であり、「武力攻撃」ではない。「集団的自衛」がすべて「攻撃」であるかのように考えて、それを「自衛」ではないと断定することは、国際的な常識を無視するものでる。

 したがって、日本が「専守防衛」の理念を転換したわけではないことを理解する必要がある。朝日新聞が、「自衛隊の海外での武力行使や、米軍など他国軍への後方支援を世界中で可能とし、戦後日本が維持してきた『専守防衛』の政策を大きく転換した」というのは、明らかに政府の意図を歪めて論じたものといわざるを得ない。というのも、集団的自衛権も「自衛」である以上は、「専守防衛」の方針が大きく転換したわけではないからだ。

 そもそも、集団的自衛権については、1986年の国際司法裁判所(ICJ)のニカラグア事件についての判決で、その行使のための要件が厳しく規定された。まず、国際慣習法上の要件として、ある国に対する「侵略」がなければならず、また武力攻撃の犠牲国が援助を要請していることが重要な要件となる。「要請」がないのに一方的に「支援」という名目で、第三国が武力攻撃を行うことは認められてない。

 すなわち、この判決によって、集団的自衛権を行使する際の要件として、第一には「武力攻撃」が存在していること、第二には犠牲国が「攻撃を受けた旨の宣言」をしていること、第三には日本に対して「援助の要請」が存在すること、第四には日本が援助をする「必要性」が存在すること、そして第五には攻撃国の武力攻撃に対して「均衡性」のとれた対抗措置に限定されていること、これらが要件であるとみなされた(注1)。

 これらすべての要件を満たしてはじめて、日本国政府は集団的措置としての自衛、すなわち集団的自衛措置をとることが可能となるのだ。このような措置を「専守防衛」ではなく、世界中で武力の行使が可能となるかのように説明をして、「専守防衛を転換」と論じることは、適切な表現とはいえない。日本はこれからも引き続き、「専守防衛」に徹するであろうし、犠牲国からの支援の要請がありながらもそれを拒絶し続けることが、国際社会での名誉ある行動とはいえないのではないか。

 言い換えれば、そのような要請がない限りは、日本が一方的に武力行使をすることは認められていないという事実を、まずは理解する必要がある。そして、集団的自衛権の行使をしないということは、攻撃を受けた犠牲国からの援助の要請を、無視して拒絶することを意味するのだ。犠牲国からの援助の要請を無視して、日本が平和国家としてより高い道徳に立っているように自慢することは、偽善であり欺瞞である。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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