コラム

「対話と交渉」のみで北朝鮮のミサイル発射は止められるのか

2016年02月12日(金)15時42分

安全保障政策をめぐる自国中心的な「天動説」

 思い起こして欲しい。自民党のなかでもハト派と言われていた宮澤喜一首相のときに、北朝鮮はNPT(核兵器不拡散条約)からの脱退を表明した。また、憲法9条に対して最も強く護憲の立場を示してきた社会党の村山富市首相のときに、台湾海峡危機が起きて、中国政府が台湾海峡にミサイルを発射して戦争の危機が高まった。

 憲法9条が平和を維持するとすれば、なぜそのような危機が訪れたのか。憲法9条は、東アジアにおけるあらゆる危機と緊張を解決可能な「魔法」なのだろうか。そして、それらの危機や緊張を回避するために、関係諸国政府が努力したその外交に、どのような問題や欠点があったと考えているのだろうか。

 自らの善意、自らの憲法、自らの政策こそが正義であり、また独立変数で、それらによってこそ世界平和を確保できると考えることは、安全保障政策をめぐる自国中心的な「天動説」である。他国には他国の国内政治的な論理があり、政策があり、歴史がある。他国が安全保障政策を展開する際に、日本の憲法9条の平和主義の理念や、安保法制を見て、それだけを理由にして重たい政治的決断を行うと考えることは、あまりにも非現実的である。

 他国の国内政治のロジックを適切に理解することこそが、国際的な平和や安定を維持するための最低限に必要な条件であるはずだ。それらを無視して、自らの正義のみしか考慮に入れないとすれば、それはあまりにも独りよがりで、独善的な姿勢と非難されるであろう。

 戦前の日本もまた、自らの正義のみに執着して、国際情勢の流れを見誤り、他国の国内政治の動向にあまりにも無関心であった。ここ最近の日本の安全保障政策をめぐる議論における最大の懸念は、他国の国内政治の事情に対する冷静で緻密な分析をすることなく、自らの正義のみを振りかざすその内向きな姿勢である。そのような独善的な正義こそが、戦前の日本国民の安全を破壊したのではなかったか。再びそのような独善的な正義が日本国民の安全を損なうような事態が起こらぬように、国際情勢を深く理解するための知的な努力がよりいっそう求められるのではないだろうか。そこにこそ、国際政治を学ぶ意義があり、またそれが平和のために貢献する意味があると考える。

[注1]
Daniel Twining, "Unhappy New Year: The 10 Geopolitical Risks to Watch in 2016", Foreign Policy, January 7, 2016.

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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