コラム

「対話と交渉」のみで北朝鮮のミサイル発射は止められるのか

2016年02月12日(金)15時42分

 以前とは異なり現在では、ミサイル迎撃システムはかなりの信頼性が認められている。たとえば、イスラエルが配備する最新鋭のミサイル防衛システム「アイアン・ドーム」は、実際にパレスチナからのロケット弾を繰り返し迎撃しており、かなり高い確率で打ち落とすこと成功して国土の安全に寄与している(イスラエル政府はその確度が90%ほどと述べているが、実際にはもう少し低いであろう)。幸いにして、今回の北朝鮮のミサイル発射実験では沖縄の先島諸島上空を通過して、日本の領土や領海に直接危害を加える結果とはならなかった。だが、それが大きな被害に繋がった可能性はなかったわけではない。

どのようなときに「対話と協調」が失敗するのか

 さて、日本はこのような安全保障上の脅威に対して、どのように国民の安全を確保すべきであろうか。他国を信頼するだけで、本当に国民の安全を確保することができるのだろうか。また相手国を信頼して裏切られたときに、政府はそれを「想定外」でやむを得なかったと弁明してよいのだろうか。

 昨年夏に、安保法制を厳しく批判して街頭での行動を行ったSEALDsは、ホームページの「オピニオン」として、「私たちは、対話と協調に基づく平和的な外交・安全保障政策を求めます」と論じている。また、「東アジアの軍縮・民主化の流れをリードしていく」と論じ、「対話と協調に基づく平和的かつ現実的な外交・安全保障政策を求めます」とも述べている。いずれも、それ自体は適切な主張であると思う。

【参考記事】安保法案成立後の理性的な議論のために

 だが、日本やアメリカなどの民主主義諸国が過去10年ほどの間に財政的理由などからも大幅に防衛費を削減せざるを得なかったのに対して、民主主義国家ではない中国や北朝鮮は、自国の経済成長率を大きく超えた軍拡を続けて、実質的に「軍縮・民主化の流れ」を否定してきた。また、今回の北朝鮮の「ミサイル発射」を自制させるために、中国政府が繰り返し自制を強く要請したその「平和的かつ現実的な外交・安全保障政策」もまた、うまく機能することはなかった。SEALDsのなかで、国際社会におけるあらゆる緊張や脅威が「対話と協調」で解決可能と考えている人がいるとすれば、それらがなぜうまくいかないことがあるのかをていねいに説明する必要があると思う。

 軍事力や日米同盟に依拠するような安全保障政策を批判するならば、彼らはミサイル迎撃システムPAC3によって日本国土の安全を守り、また米軍からのミサイル追跡情報の提供を受けることに反対の立場なのだろうか。具体的にどのようにして、「対話と協調に基づく平和的かつ現実的な外交・安全保障政策」によって、北朝鮮のミサイル発射実験や、核実験を阻止することが可能であったのだろうか。中国政府が執拗にそれを自制するように要請しながらも、北朝鮮政府が従わなかったことを、どのように受けとめているのか。不明である。

 われわれが国際政治の歴史から謙虚に学ぶことができるのは、軍事的手段のみに依拠するのが好ましくないということと同様に、外交的手段のみに依拠することが十分ではないということである。外交的手段と軍事的手段の2つを巧みに組み合わせてはじめて、「対話と交渉」もまた十分な効果を発揮するのだ。つまりは、SEALDsの安全保障論の大きな問題は、「対話と協調に基づく平和的かつ現実的な外交・安全保障政策」を求めたことそれ自体なのではない。そうではなく、それのみに依拠して軍事力や日米同盟が国民の安全に寄与しているという現実を拒絶し、対話のみであらゆる摩擦や脅威を解消できるかのように錯覚していることである。

 外交の歴史とは、その成功の歴史であると同時に、幾多の挫折と失敗の歴史でもある。どのようなときに交渉が合意に到達して、どのようなときに交渉が行き詰まり決裂するのか。本当に平和を願うのであれば、SEALDsの参加者もまたそのような外交の歴史を真摯に学ぶ重要性を感じて頂きたい。外交交渉を行うにしても、毅然たる態度を有して、背後に十分な軍事力を持ち、また国際社会としての連帯を控えることで、その交渉もよりいっそう大きな効果をもたらすことがあるのだ。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4

ビジネス

ECB、12月にも利下げ余地 段階的な緩和必要=キ

ワールド

イスラエルとヒズボラ、激しい応戦継続 米の停戦交渉

ワールド

ロシア、中距離弾道ミサイル発射と米当局者 ウクライ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story