コラム

安保法制論争を「脱神話化」する

2015年09月14日(月)12時11分

 元法制局長官の倉富勇三郎もこれに迎合して政府を批判し、また国粋右翼団体もこれに続いて激しい国民的な政府批判へと発展した。激しい怒りに突き動かされた青年がこの年の11月、東京駅で浜口首相を暗殺した。当時は右派からの政府批判で、現在は左派からの政府批判であるから攻撃のベクトルは異なる。だが、政局的思惑からの政府批判が国民的な怒りへと発展して、冷静な議論が失われて暗殺事件に至ったことは示唆的である。

 当時のロンドン海軍軍縮条約も、現在の安保関連法案も、国際社会の潮流にあわせて、アメリカやイギリスなどの諸国との国際協調を進めることが必要だという認識が見られる。他方で、それらを批判する勢力は、憲法が規定する正義を信じて疑わず、米英などの偽善に敵意をむき出しにする点で一定の共通点が見られる。それらはナショナリズムの感情から自国の安全と正義を主張するものであり、日本の憲法を絶対視して国際協調の必要を軽視する。

 当時は、国際連盟規約に記される軍縮義務への批判であり、現在では国連憲章に記される集団安全保障や集団的自衛権への批判である。いつの時代においても、日本国民の多くにとっては国際社会の潮流を正確に理解するのは難しく、国内的正義を独善的に主張することが好まれるのだ。

国際社会はどう見ているか

 もしも、安保関連法案が日本を軍国主義へと導き、再び戦前のように侵略や戦争を行う国になるというのであれば、国際社会が真っ先にそれを批判するであろう。それでは、国際社会はこのような日本政府の動きをどう見ているのか。

 アメリカ政府がこれを歓迎していることは、よく知られている。国務省定例記者会見で国務省報道官は、「地域及び国際社会の安全保障に係る活動につき、積極的な役割を果たそうとする日本の継続した努力をもちろん歓迎する」と答えている。同盟関係にない欧州諸国も同様である。ドイツは今年6月7日の日独首脳会談で、安倍晋三総理の平和安全法制についての説明に対して、「日本が国際社会の平和に積極的に貢献していこうとする姿勢を100%支持する」と述べた。また、日・EU定期首脳会議でEU側から、積極的平和主義に基づく日本の取り組みに対し支持・賛同が表明された。

 かつて日本が侵略をして大きな傷跡を残した東南アジア諸国でも、日本の平和安全法制に対する高い評価が見られる。フィリピンのアキノ大統領は、日本の国会の衆参両院合同会議での演説の中で、「本国会で行われている審議に最大限の関心と強い尊敬の念を持って注目しています」、との賛辞を送った。また、ベトナムのズン首相はこれを「高く評価し」、マレーシアのナジブ首相は「日本の積極的平和主義の下での貢献への歓迎」を示し、さらにはラオスのトンシン首相が、「日本が地域と国際社会の平和の促進に多大な貢献をしていることを賞賛する」と述べている。

 中国政府は、5月14日の中国外交部定例記者会見で、外交部報道官がこの法案に関連した質問に対して、「歴史の教訓をきちんと汲み取り、平和発展の道を堅持し、我々が共に暮らしているこのアジア地域の平和と安定、そして共同発展のため、多くの積極的かつ有益なことを成し、多くの積極的かつ建設的な役割を果たしていくことを希望する」と述べている。韓国政府の場合は、地域の平和と安定を害さぬ方向で進めねばならないと、韓国政府の承認なしに日本が朝鮮半島で集団的自衛権を行使することがないならば、おおよそ反対はしないという姿勢を示した。いうまでもなく日本政府は、中国政府や韓国政府に対して、大使館を通じて丁寧な説明を心がけており、おおよそ今回の法案が従来の日本の平和主義を大きく変えるものではないと理解しているのだろう。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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