コラム

安保法制論争を「脱神話化」する

2015年09月14日(月)12時11分

 このようにして、世界中の国のなかで、平和安全法制を厳しく批判する政府は一つも存在しない。もちろん、海外のメディアの中には、「ニューヨーク・タイムズ」など批判的な論調も目立つが、批判的な視点を提示することはメディアの重要な仕事である。驚くことではない。海外の研究者でこの法案への厳しい批判を述べる者も少なからずいるが、日本国内で見られる法案廃案を求める厳しい主張は、国際社会全体ではあまり見ることができない。2013年12月に安倍首相が靖国神社参拝をした際に多くの国が批判や懸念を示したこととは対照的に、今回の平和安全法制は国際社会から歓迎されていることを、まず知っておく必要がある。

批判がなぜ広がったのか

 それでは、海外では比較的好意的な反応が見られるのに、日本国内ではなぜ批判が広まったのか。私は、1930年のロンドン海軍軍縮条約への「統帥権干犯」という批判と、現在の平和安全法制への「憲法違反」という批判が、きわめて似たものであると感じている。このどちらも、日本の国内法上の論理を絶対的な正義と考えて、国際法や国際協調をそれほど重要なものとはみなしていない。それは、国内的正義の絶対性を主張するという意味で、ナショナリズムの運動でもあるといえる。

 戦前の場合は天皇の軍事大権と日本の軍事的優越性を求めるナショナリズムの運動であり、戦後の場合は平和主義と憲法九条の道徳的優越性を主張するナショナリズムである。自らの正義を自明視するゆえ、比較的に国民感情に浸透しやすいのだろう。戦前の場合はロンドン海軍軍縮条約により日本の軍事行動に制約がかかることを嫌い、戦後の場合は集団安全保障や集団的自衛権という国際安全保障上の責任が生じることを嫌う。

 しかしそれ以上に大きな問題は、平和安全法制廃案を求める際に、あまりに多くの事実からかけ離れた謬見が語られていることだ。まるで「伝言ゲーム」のようにそれらが脚色され、肥大化する。そして戦争になるかもしれないという、さらには徴兵制が導入されるかもしれないというよく分からない恐怖心から、人々がデモへと向かっていく。

日本は本当にアメリカの戦争に巻き込まれるようになるのか(9月2日にハワイの米海軍艦艇上で行われた戦後70周年記念式典) Hugh Gentry- REUTERS

日本は本当にアメリカの戦争に巻き込まれるようになるのか(9月2日にハワイの米海軍艦艇上で行われた戦後70周年記念式典) Hugh Gentry- REUTERS

 よく語られる批判として、日本が集団的自衛権を行使できるならば、日本外交はアメリカに追随していてアメリカ政府からの要請を断れることができないので、アメリカの戦争に巻き込まれることになるだろう、というものがある。本当に日本政府はアメリカにいつも追随して、その結果、必然的にアメリカの戦争に巻き込まれることになるのだろうか。

 基本的な事実として、日本外交はいつもアメリカに追随しているのだろうか。それを正確に理解する上で、国連総会での投票行動におけるアメリカへの同調は、一つの指標となるであろう。

 安倍政権が成立した後の国連総会での投票行動を見てみよう。2013年の第68回国連総会では、合計で83回の投票の機会があった。アメリカ政府代表の投票と同じ票を投じた比率は、アメリカの同盟国では、オーストラリアは80.9%、イギリスは77.5%、そしてアメリカからの自立した外交を展開するイメージが強いフランスは77.9%であった。他方でドイツは、70.0%とフランスよりも低い数字だ。これらの諸国は、かなりのていどアメリカと同様の国際行動をしているといえる。中立国のフィンランドとスウェーデンの場合は、それぞれ69.6%と69.1%である(これらの数字はアメリカ国務省のホームページを参照した)。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、0.25%の利下げ決定 昨年12月以来6会

ビジネス

FRB独立性侵害なら「深刻な影響」、独連銀総裁が警

ワールド

核問題巡り平行線、イランと欧州3カ国が外相協議

ビジネス

ユーチューブ、メディア収益でディズニー超えへ AI
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story