ニュース速報
ワールド

アングル:戦争終結ならウクライナ人労働者大量帰国も、中東欧の成長力に影 

2025年01月25日(土)07時49分

 ウクライナ戦争の影響で、東欧諸国は経済的な難問を抱えてきた。写真は、旧テーゲル空港にあるウクライナ難民の滞在センター。2023年3月、ベルリンで撮影(2025年 ロイター/Phil Noble)

Libby George

[ウィーン 16日 ロイター] - ウクライナ戦争の影響で、東欧諸国は経済的な難問を抱えてきた。しかし、ロシアとウクライナが和平合意に達すれば、新たな問題が発生する可能性がある。ウクライナ出身労働者が帰国してしまえば労働市場が切迫し、インフレが進行するからだ。

ロシアによる侵攻を逃れて欧州連合(EU)諸国に渡ったウクライナ国民は430万人以上。そのかなりの部分は中欧・東欧諸国に定住し、過去最低レベルの失業率のもとで、人手不足を補っている。

和平合意が成立すれば地域にとっては喜ばしいはずだが、ウクライナ人の帰国に伴い予想外の問題が生じる可能性がある。

欧州復興開発銀行(EBRD)で中欧・南東欧担当マネージングディレクターを務めるシャーロット・ルーエ氏は、ウィーンで開催されたフォーラムで、人口動態のリスクがあり、戦争終結後にはウクライナからの避難民が帰国して状況が悪化すると指摘した。

昨年11月の米大統領選で、ロシアとウクライナの戦争を終結させると宣言するドナルド・トランプ氏が当選したことを受け、多くの人が戦後の未来を模索し始めた。だが、トランプ氏がどのように和平を実現するつもりなのかは不透明で、顧問たちも和平合意は数カ月先になると認めている。

ライファイゼン・バンク・インターナショナルの試算によれば、中東欧地域の昨年の経済成長率は2.2%だった。0.8%と伸び悩みが予想されるユーロ圏に比べて高い数値だ。

<景気拡大の推進力に>

2022年3月のEU指令により、ウクライナ人労働者は域内で合法的に在住・働く権利を得た。このことが中東欧経済の成長を後押しし、製造・輸出の拡大を支えている。

ユーロスタットのデータによれば、2023年12月の時点で、ウクライナからEU諸国に逃れた430万人のうち、22%がポーランド、約9%がチェコ共和国に滞在している。

J・サフラ・サラシンでオーストリア・中東欧部門を率いるクリスチャン・ペッター氏は、前出のフォーラムで、「多くの国における経済的成功の一部は、過去2年の間に諸国に流入したウクライナ人労働者のおかげだ」と指摘。

「戦争終結が見込まれる中、ウクライナ人の帰国が進む可能性があり、労働市場の需給ギャップが新たな課題となるだろう」 

<関税をめぐる不安>

中東欧地域は、このほかに、もっと大きな逆風にも直面している。

同地域は相対的に安価な人件費を背景に、特にハンガリーなどの国が自動車部品などの製造と輸出で経済成長を遂げてきた。しかし、各国の政府債務が増加する中、トランプ氏の関税強化の公約は貿易戦争の可能性を高め、こうした成長モデルの見通しを不透明にしている。

エルステ・グループによれば、ポーランドやルーマニア、スロバキアの債務は対GDP比でさらに上昇を続ける可能性があるという。昨年のポーランドの債務は、国防費の増大により対GDP比で約5%にまで膨らみ、EUの目標値3%を上回った。

労働者が流出すれば、さらなる圧力が生じるだろう。

ポーランド中央銀行が11月に発表した調査によると、1年以内にウクライナへ帰国を希望するウクライナ人の割合は、ロシア侵攻後の避難民で2%、侵攻前の移民で1%だった。しかし、戦争が終結するならば、帰国希望者の割合はそれぞれ59%、34%に跳ね上がった。

現在ポーランドの失業率は過去最低の水準であり、賃金上昇率は昨年、過去最高の10%に達した。

チェコ政府は、迫りくる労働力不足は経済にとって脅威であると警告している。この傾向は他の東欧諸国でも見られる。

賃金とインフレ率の上昇は、各国中央銀行が利下げを行う上での障害となる。すでにしつこいインフレと米ドル高の影響で、東欧諸国では利下げの動きが滞っている状況だ。このまま高金利が続けば、経済活動が圧迫され、各国政府は国内債務の負担増加に直面することになる。

ライファイゼン・バンク・インターナショナルの調査部門トップ、ギュンター・ドイバー氏によれば、中東欧地域でインフレ率の低下は見込みにくいという。ハンガリーとルーマニアでは現状維持が予想され、チェコを含むいくつかの国ではインフレ率がさらに上昇する可能性がある。

ドイバー氏は「中東欧地域では大幅な利下げを期待するのは難しい」と述べた。

<脅威はあちこちに>

それでもドイバー氏は、ロシアとウクライナの和平協定が先行き不透明だけに、すでに各地に根を下ろしたウクライナ人労働者が本当に国に戻るかという点については懐疑的だ。

EBRDのルーエ氏は、企業各社は、ウクライナ人労働者の離職を省力化エンジニアリングに投資する好機とすることもできると強調する。また銀行や投資家は、戦後のウクライナ復興事業が、特にポーランドなど近隣諸国にとっては追い風になる可能性があると話す。

とはいえ、トランプ氏のホワイトハウス復帰、ドル高、関税による脅しとそれに伴う不確実性、さらには米連邦準備制度(FRB)による利下げへの信頼感低下といった要素は、政策担当者にとっては対応の難しい組み合わせになる。

「脅威はあちこちにある」。セルビア財務省のアナ・トリポビッチ副大臣は前述のフォーラムの席で述べた。

トリポビッチ氏は、コロナ禍の間の債務増大やロシアのウクライナ侵攻をきっかけとするエネルギー危機に、今またドル高が重なったことで、セルビアなどの諸国にとって国際債務の利払い負担がさらに大きくなった、と指摘する。

「市場の仕組みはますます複雑になった。私たちには、何年も間隔をおいて発生した脅威や課題がすべて降りかかってきている」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ロシアの正しい対応に期待」、ウクライナ

ワールド

在日米軍駐留費の負担増、日本に要請の必要=グラス駐

ビジネス

金現物が最高値更新、トランプ関税巡る懸念や米利下げ

ワールド

プーチン氏、停戦巡る米提案に同意 「根源要因」排除
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ?
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 5
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 6
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 7
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ…
  • 8
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 9
    「トランプの資産も安全ではない」トランプが所有す…
  • 10
    『シンシン/SING SING』ニューズウィーク日本版独占…
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 5
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 6
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 7
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 8
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 9
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 10
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中