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コラム:半世紀超にわたる米ドル王座、関税戦争超えて継続へ

2025年03月28日(金)12時21分

 トランプ米大統領が米国の敵と味方の双方に対して関税戦争を仕掛ける中、世界の基軸通貨として「王座」にある米ドルの将来に再び懸念が浮上している。写真は米ドル紙幣。2023年3月、ボスニア・ヘルツェゴビナのゼニカ市で撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)

Edward Chancellor

[ロンドン 28日 ロイター Breakingviews] - トランプ米大統領が米国の敵と味方の双方に対して関税戦争を仕掛ける中、世界の基軸通貨として「王座」にある米ドルの将来に再び懸念が浮上している。中国は、強大なドルを失脚させたいと切に願っている。トランプ政権の主要メンバーも同様の考えを持っているようだ。しかし、半世紀超にわたってドルは破滅論者を押し返しており、今後もそれが続く可能性が最も高い。

ジャーナリストのポール・ブルスタイン氏の新著「キング・ダラー:世界の支配通貨の過去と将来」には、長きにわたって支配的な地位を築いてきたドルの耐久性が描かれている。1960年代にベルギーの経済学者ロバート・トリフィン氏は、第2次世界大戦後の通貨秩序の主軸としてのドルの役割は、米国が負債を膨らませるにつれて失われていくだろうと予測していた。70年代序盤にブレトンウッズ体制での為替管理制度が崩壊した際、トリフィン氏の主張の正当性が証明された。米国でインフレが本格化すると、経済史の大家のチャールズ・キンドルバーガー氏は「ドルの国際通貨としての役割は終わった」と宣言した。だが、この説は間違っていた。

過去数十年間、ドルは幾多もの試練を乗り越えてきた。80年代終盤の日本の台頭、99年の通貨ユーロの誕生、金融危機、世界の製造大国としての中国の浮上、そして22年のロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻後のロシア外貨準備の差し押さえなど、敵対国に対して「ドル兵器」を使用する米国政府の一連の対応だ。

1945年以来、米国の国内総生産(GDP)が世界経済に占める割合は半減した一方、ドルは依然として世界の外貨準備の約60%を占める。米国の輸出入額は世界貿易の10%に満たないが、国境を越えた商取引の4分の3にはドルが活用される。世界金融でのドルの役割はさらに顕著で、通貨スワップの85%、国際的な銀行間取引でドル建てが占めるシェアはさらに高い。ブルスタイン氏は「それぞれの局面でドル終焉の予測は間違っていることが証明された。ある時は対抗する通貨の弱さによって、またある時はドルの驚くべき回復力によってだ」と指摘した。為替トレーダーの言葉を借りれば、ドルは「最も汚れていないシャツ」であり続けている。

この優位性は米国の軍事的覇権、米国での法の支配に対する広範な信頼、そして独立した米連邦準備理事会(FRB)がドルの価値貯蔵機関としての役割を維持するという信頼に負うところが大きい。より分かりやすく説明すると、ドル建ての取引が全ての当事者にとって都合が良いということだ。

世界での貿易や金融には、取引の決済に使える勘定単位が必要だ。ドルは他のどの通貨よりもはるかに流動性が高い。中国は世界最大の輸出国かもしれないが、人民元が使われる貿易はごくわずかだ。国際的な金融取引の大部分はニューヨークを拠点とし、毎日2兆ドル(約300兆円)弱相当の取引を扱うクリアリングハウス銀行間支払いシステム(CHIPS)を通じてドルで決済される。ブルスタイン氏によると、CHIPSを経由するほぼ全ての決済は米国外で始まり、米国外で終わる。

ドルが世界の金融システムで果たしている橋渡しの役割は、世界最大級のIT企業に利益をもたらす力になるようなネットワーク効果を生み出す。米マイクロソフトは長年にわたって多くの失策を犯してきた。ブラウザーやスマートフォン、タブレット端末、基本ソフト(OS)のアップグレードなどの失敗だ。

同じようにフェイスブックを傘下に抱える米メタ・プラットフォームズは世界で使われるデジタル通貨の導入で失敗し、仮想現実(VR)市場を立ち上げる試みも、今のところ不発に終わっている。

しかし、両社とも支配的な地位を維持して生き延びてきた。米国の敵は、不満を抱えたマイクロソフトの顧客のようなものだ。たとえドルに代わる通貨を見つけたいと思っても、切り替えるためのコストが高すぎるのだ。

一方、ドルが世界の基軸通貨としての役割を果たしていることで、米国人も代償を払うことになる。トリフィン氏が1960年代に指摘したように、世界経済の拡大にはより多くのドルが必要となる。しかし、世界の基軸通貨を外国に供給することで、米国の負債はさらに膨らむことになる。米国が世界最大の対外債務国であり、対外負債が対外資産を26兆ドルも上回っている事実は、ドルの国際的地位のバグではなく特色だ。トリフィン氏は、遅かれ早かれ基軸通貨の発行国が債務を返済できなくなる転換点に達すると予言した。その瞬間がまだ到来していないとしても、この問題を無視すべきではない。

トランプ政権のメンバーは、基軸通貨としてのドルの役割について別の問題を指摘している。バンス副大統領は米国の貿易赤字が恒常化していることに関し、ドルが基軸通貨の座を維持するための代償になっていると考えている。バンス氏はこうした貿易赤字は、米国の製造業の空洞化を招いていると主張する。バンス氏は、ドルが基軸通貨の地位にあることは「米国の生産者に対する巨額の税金」だと受け止めている。北京大のエコノミスト、マイケル・ペティス氏も同じような結論に達している。

大統領経済諮問委員会(CEA)のスティーブン・ミラン次期委員長は、ドルの世界的覇権によってドルへの過大評価が継続し、結果として米国の貿易競争力に悪影響を及ぼしていると考える。ミラン氏は昨年11月に発表した論文で、米国債を保有する外国政府への利子支払いに米国が課税すれば、ドルの国際的な需要が減る可能性があるとの案を示した。ハンガリー系米国人のエコノミスト、ゾルタン・ポザール氏はさらに踏み込み、ドル建ての外貨準備を利息がない100年国債という事実上無価値な資産に交換すべきだと提案している。

ミラン氏は、米国による安全保障の傘の恩恵を受けている国々はドルが基軸通貨であることによる負担をもっと分かち合うべきだと主張する。問題は、日本を除く米国の軍事的な同盟国は外貨準備に多額のドルを保有していないことだ。外国人が保有する国債の条件を強引に変更することは米国が債務不履行に陥ることに等しく、世界の金融システムを根底から覆すことになる。「マール・ア・ラーゴ合意」といわれるドル安誘導は白紙となった。少なくとも当面、王座にあるドルの支配は続くだろう。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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