コラム

本来的にどうしようもなく偏っている我々の一票がなす民主主義の意味

2019年03月01日(金)18時32分

aluxum-iStock

<我々は本来的にどうしようもなく偏っていて、インターネットがこの傾向を加速している。その我々が選挙権を行使する民主主義は ......>

前回のコラムで、「従来、子供は知的に成熟しておらず意志決定能力が低いという理由で投票権の年齢制限が正当化されてきたわけだが、実は大人もまともな意志決定能力があるか甚だ怪しいということが、データで立証されつつある」と書いた。これを読んで、では「まともな」意志決定能力とはどのようなものなのか、という疑問を抱いた方がいたと思う。

どういう条件が整っていれば「まとも」と納得できるのか

ポイントは、「正しい」ではなく「まとも」というところである。宮崎駿は漫画「風の谷のナウシカ」の中で、登場人物の口を借りて「失政は政治の本質だ!」と喝破したが、残念ながら政治に限らず、間違った意志決定というのは往々にして生じるし、完全に避けることは出来ない。失敗は意志決定の本質なのである。よって、逆にどういう条件が整っていれば我々はハズレを引いたときにあきらめがつくのか、それでもなお「まとも」と見なすことができるのか、という、いわば倫理的な問題になってくるわけだ。

例えば我々が何か犯罪を犯して、裁判にかけられたとしよう。このとき裁判官が

1. 事件の内容について、あるいは法律や裁判制度に関しても全く知識がなく、テキトーに判決を下す
2. 事件の内容は大体分かっているが、客観的証拠やロジックに基づいた判断が出来ず、結局非合理的な思い込みに基づいて判決を下す
3. 事件の内容と関係無く、最初から偏見に基づいて判決を下す(「あいつは顔が気にくわないからとにかく死刑」)

という有様だった場合、皆さんは「まとも」な裁判だと納得しておとなしく罪に服するだろうか。

我々の社会は能力原則に従って構築されているが ......

アメリカの政治学者ジェイソン・ブレナンは、こうした裁判は「能力原則」(competency
principle)が満たされていないので、倫理的に正当化できないと考える。他者の人生に大きな影響を与える意志決定は、その能力があると見なされる人が行わない限り、「まとも」とは言えない、ということだ。

といっても能力があるかどうかはなかなか分からないし、そもそも能力があってもしくじることはある。しかし意志決定を行うにあたり、最低限の知識とある程度の論理的思考力を有することが何らかの形で証明されていない限り、その決定を正当なものと認めることはそもそも出来ないのではないか、というのがブレナンの主張だ。

別に裁判に限らず、我々の社会の大部分は(意識されているかはともかく)能力原則に従って構築されている。しかし、この原則が成立していないと思われる分野があって、それが普通選挙に基づく民主主義そのものなのだ。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ビジネス

米政権、大半の輸入品に20%程度の関税を検討 トラ

ワールド

仏極右党首、ルペン氏判決への抗議デモ呼びかけ

ワールド

トランプ氏、エジプト大統領と電話会談 ガザ問題など

ビジネス

金スポット価格が再び過去最高値、トランプ関税懸念で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story