コラム

ゾンビを冒涜する日本のハロウィンが笑えない理由──ハロウィン栄えて国亡ぶ2

2022年10月26日(水)11時58分

ロメロは1978年に『ゾンビ(Dawn of the Dead)』をお創りになり、ゾンビ映画の世界観を完全に確立させた。ロメロにとってゾンビ映画二作目となるこの作品は、圧倒的な完成度で世界に衝撃を与えた。作中では生き残った人々が巨大なショッピングモールに籠城するシークエンスが主であるが、ゾンビ化する人々は主に買い物客であり、特段その服装に偏差は無い。

戦いの主軸は生者とゾンビではなく、むしろショッピングモールに備蓄された豊富な残置食料や物品の強奪を狙う外部からの襲撃者である。つまり第一作『ゾンビ』もそうであったが、ゾンビ世界とは「生き残った人間同士の闘争」が主軸なのである。その極限の状況下で理性が勝つか野蛮が勝つか。観る者に常に「人間が人間である条件」を問いかけるのがロメロ作品の真骨頂だ。つまり一番の恐怖はゾンビなどではなく、生き残った人間の無知性なのである。「生ける屍」とは時として、肉体だけは人間だが理性が腐っている人間への揶揄にも読み取れる。ロメロのゾンビ作品が単なるホラーなどではなく、ヒューマニズムを高らかに問いかける社会派作品になっているのはこれが理由である。

ロメロ作品の考察

続いてロメロは1985年に『死霊のえじき(Day of the Dead)』をお創りになった。私は個人的にこの作品があらゆるゾンビ作品における金字塔であると思っている。地下施設に立て籠もったローガン博士(ゾンビ研究者)とサラを筆頭とした科学者らは、同じく避難者である軍人たちと共同生活を始める。娯楽の無い地下の中でシューティングのようにゾンビ射殺に昂じる軍人たち。やがて彼らの中で対立が先鋭化する。それは理性と野蛮の対立でもあった。軍人グループのローズ大尉が独裁者の地金をむき出しにし、反対派を粛正するのである。

やがて地下施設での秩序はこなごなに破壊され、生き残った人間同士の骨肉の闘いが行われる。そしてこの混乱の中、ローガン博士が唯一ゾンビからの回復可能性を見出していた実験体であるバブこそ、ゾンビでありながら音楽を解し、死者を悼むという人間性をみせる。良識派の兵士であるミゲルは、サラを助命するために究極の選択──自己犠牲の使命を全うする。「人間とゾンビを分ける差異は何か」を問うことにより、その差異は肉体の健全ではなく自己犠牲の有無である事を謳ったのである。まるで現実世界の縮図である。ゾンビとは、ゾンビに仮託した世界や社会への痛烈な風刺と警告なのだ。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英小売売上高、2月は前月比+1.0 非食品好調で予

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、貿易戦争巡る懸念でも目標達成へ

ワールド

タイ証取、ミャンマー地震で午後の取引停止 31日に

ワールド

ロシア、ウクライナがスジャのガス施設を「事実上破壊
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影された「謎の影」にSNS騒然...気になる正体は?
  • 2
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 3
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 4
    地中海は昔、海ではなかった...広大な塩原を「海」に…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    「完全に破壊した」ウクライナ軍参謀本部、戦闘機で…
  • 9
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 10
    「マンモスの毛」を持つマウスを見よ!絶滅種復活は…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 3
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 4
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 8
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 9
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 10
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story