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安倍元首相の死は民主主義の危機か
安倍元首相の告別式を訪れた市民(7月12日、東京港区の増上寺) Issei Kato-REUTERS
<本当の「民主主義」の危機は、安倍元首相が撃たれる前から始まっていた>
7月8日、安倍晋三元首相が奈良県での選挙遊説中に銃で撃たれ死亡した。事件が起きた当初は政治的事件だと直感的に考えられており、「民主主義を守れ」「言論を暴力で封じるべきではない」といった内容のスローガンが政治的党派を超えて主張されていた。
しかし事件の背景が徐々に明らかになるにつれて、この殺害事件は安倍元首相が関係していた新宗教の分派問題に由来する可能性が高まってきた。そうだとするならば、これは民主主義と暴力という一般論では語り尽くせないテーマだ。「民主主義を守る」とは、一体どのようなことなのだろうか。
動機は政治的信条とは無関係
殺害実行犯の供述に関する第一報では、彼は「政治信条に対する恨みではない」と述べ、狙ったのは、「(特定の)宗教団体のメンバー」であったが「難しいと思い、安倍元総理を狙った」ということだった。安倍元首相が長野遊説を変更し8日に奈良を訪れたのは、その前日に急遽決まったことであり、偶発的なものだ。しかし一方で容疑者は、「特定の宗教団体に恨みがあり、安倍元総理がつながりがあると思い込んで犯行に及んだ」と述べており、計画的な殺害だったことも示唆している。彼は前日7日の遊説先であった岡山にも訪れていたことも分かっており、また自作の武器を一カ月ほど前から作成していることから、十分準備された犯行であった可能性も高い。
報道によれば、その宗教団体とは世界平和統一家庭連合、いわゆる統一協会のことであり、統一協会容疑者の母親が所属していた事実を11日に開かれた会見で明らかにした。容疑者はその宗教団体の分派に属しており、金銭関係のトラブルなどから団体に恨みをもち、統一協会と祖父岸信介元首相の時代から関係が深い安倍元首相を狙ったのだという。
安倍元首相は、統一協会系の式典にビデオメッセージや祝電を送り、また機関紙の表紙を飾るなど単なる名義貸し以上のコミットメントを行っていた。またこの宗教団体はそもそも反共思想を通じて歴史的に自民党と繋がっており、憲法改正や、同性婚反対などの保守的政策に影響を及ぼしているといわれる。
もっとも、安倍元首相は教団の広告塔のような役割を果たしてはいたが、教団の個々の信徒に対する意志決定にまで関与していたとはいえないし、そもそもいくら私的な恨みがあったとしても、銃で撃ってもよい人物などいないことは言うまでもない。
政治史的には特殊な事件
こうした犯行の動機や経緯が事実だとすれば、この犯行は歴史上の要人暗殺事件とは異なる観点からみる必要がある。多くの要人暗殺事件は、政治的な敵対性が極端化した結果として、あるいは政治的な言論を暴力で黙らせようとする勢力によって行われる。しかし安倍元首相の場合は、そのような理由で凶弾に倒れたわけではないのだ。容疑者個人にしてみれば私怨ともいえるが、より巨視的な観点からいえば、背景にあるのは、政治と新宗教との構造関係だ。街頭演説中を襲ったという点を除けば、この事件をもって民主主義が危機に陥ったわけではない。
また社会の中で蓄積した様々な鬱屈や閉塞感が、突如として極端な暴力となって現れる時代的な風潮の問題としても捉えることができる。犯行があった前日、仙台で43歳の男性が、「刑務所に入りたかった」という理由で女子中学生に対して刃物を切りつけるという事件もあった。この二つが同時多発的に起きているのは象徴的だ。
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