コラム

ドイツ大統領の訪問を拒絶したウクライナの恨み

2022年04月16日(土)19時20分

ゼレンスキー大統領は、シュタインマイアー大統領の訪問を拒否しておらず、そもそもそのような要請を受けていない、と述べ、訪問拒絶に対して正面から言及することを避けた。一方、ドイツ側の報告によれば、ウクライナ側はシュタインマイアーを受けいれられない理由として「セキュリティ上の理由」を挙げたという。また独紙『ビルト』はウクライナの外交官による「キーウではシュタインマイアーは歓迎されない」というコメントを報じている。

こうしたことから推察されるのは、シュタインマイアー大統領のキーウ訪問拒否は、ゼレンスキー大統領の積極的意志というよりは、ウクライナの国内事情によるところが大きいのではないだろうか。ウクライナ政府の立場としてはドイツに対して不満があったとしても、それを理由に大統領の訪問を拒絶するのは現在の国際情勢の中では合理的とはいえない。しかしそれ以上に、ウクライナ国内ではシュタインマイアーの評判は余程悪く、ウクライナとして混乱を生じさせず受け入れることは出来なかったと考えられるのだ。

問われるドイツの対応

このようなウクライナ側の方針に対して、ドイツ国内では反発の声も起きている。ゼレンスキーの演説は概ね真摯に受け止めていたドイツ国民だが、シュタインマイアーは大統領になるほどの声望を集めていた政治家であったことは間違いなく、また開戦後は自身の親ロシア寄りの態度を公的に謝罪し、ウクライナへの支援を呼びかけていた。大統領のこうした姿勢を踏まえて、ウクライナ側の訪問拒否は礼を失していると考える政治家もドイツには出てきている。12日以降、「(ウクライナ側の対応は)苛立たしい」と述べたショルツ首相を初め、与野党の政治家が相次いで訪問拒否に遺憾の意を表明した。

ゼレンスキー大統領はショルツ首相のキーウ訪問を求めている。しかし大統領が拒否された都市に首相が行くのは、大統領の顔を潰してしまうというかもしれない。名誉職にすぎない大統領ではなく政治的実権のある首相を、というウクライナ側の理由も、大統領への侮蔑とも解釈できる。このような議論がドイツ国内で広がっていく中で、ショルツ首相はキーウ訪問を具体的に決定できないでいる。

しかしウクライナ戦争の収拾のためには、ドイツ政府が一貫してウクライナ政府と連帯していることが必要だろう。ドイツには、このような分断はロシアによるプロパガンダが効いているからだという主張も出始めている。ドイツの国内世論が感情的に反ウクライナへと沸騰することは抑えなければならない。ショルツ首相の難しい政治的舵取りが求められている。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ6連騰、S&Pは横ばい 長期金利

ビジネス

エアビー、第1四半期は増収増益 見通し期待外れで株

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、金利見通しを巡り 円は3日

ビジネス

EXCLUSIVE-米検察、テスラを詐欺の疑いで調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story