コラム

ロシアの脅威が生んだ「強いドイツ」問題

2022年04月11日(月)14時22分

今年2月、リトアニアでNATO軍の演習に参加したドイツ軍部隊 Janis Laizans-REUTERS

<ロシアのウクライナ侵略を目の当たりにして、欧州各国はドイツの軍事力強化を望んだが、後にそれはヨーロッパに新たな緊張をもたらすかもしれない>

ロシアによるウクライナ侵略を受けて、ドイツの外交・安保政策が大転換を向かえようとしている。これまでドイツは紛争地への武器供与を自制してきていたが、今年2月末、ウクライナにミサイルなどの兵器の援助に踏み切った。またショルツ首相は、国防予算をGDP比で2%以上へと大幅に引き上げることとを宣言している。

この方針転換が実行に移されれば、ドイツは経済面だけでなく安全保障面でも欧州の地域大国となる。ドイツ国内ではショルツ政権の支持率も好転し、国防力の強化は世論調査で7割以上の支持を得ている。しかし統一後のドイツが辿ってきた外交的道のりを考えると、この変化はヨーロッパに新たな緊張をもたらすかもしれない。

ゼレンスキー大統領らによるドイツ批判

ロシアのウクライナ侵攻後のドイツの政策転換は、ウクライナにとってはまだまだ不十分だとみられている。3月17日、ドイツ連邦議会で演説を行ったウクライナ大統領ゼレンスキーは、ロシアに対するドイツの弱腰を非難し、またこれまでのドイツ外交こそがロシアを増長させてきたと強く訴えた。経済の悪化を考慮して、ロシアからの天然ガス禁輸に踏み切れないドイツ政府への大統領の苛立ちが現れていた。

ロシアによるウクライナ市民の虐殺が明らかになり始めた4月4日には、ポーランド首相モラヴィエツキもドイツの経済制裁の甘さを批判した。ポーランド含む旧ソ連地域と国境を接する、あるいは旧ソ連の一部であったEU諸国ほど、ウクライナ戦争に対する危機感は強い。そうした国々でも、ドイツは地域安全保障に積極的な役割を果たすべきという声が大きくなっている。

統一ドイツのイメージとその変遷


かつてのドイツは、今のように軍事面での貢献を期待されていた国ではなかった。1990年に悲願の東西統一を成し遂げた新生ドイツは、ヨーロッパ諸国から手放しで歓迎されていたわけではない。8000万の人口を擁する経済大国が、東西冷戦の「鉄のカーテン」が取り払われた後の欧州大陸の中心に出現したのだ。ナチスドイツの残像をそこに見た人々もいた。イギリス首相サッチャーとフランス大統領ミッテランは統一ドイツの誕生に明確な懸念を抱いていた。冷戦の時代、「東ヨーロッパ」と「西ヨーロッパ」の二極化によって後景化していた「中央ヨーロッパ」という言葉が復活した。しかし「中央ヨーロッパ」という言葉は、ドイツの覇権主義、特にナチスドイツのキーワードである「生存圏」という言葉と関係があるとみなされ、警戒された。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story