コラム

原発処理水の海洋放出「トリチウム水だから安全」の二重の欺瞞 

2021年04月16日(金)16時27分
福島第一原発の処理水用タンク

破綻の象徴──福島第一原発の敷地に作られた処理水用のタンク。来年には満杯になる見通し(写真は2019年2月) Issei Kato-REUTERS

<「希釈すれば平気」とか「海外でもやっている」という嘘もさることながら、既成事実をつくって反対や疑念の声を押しつぶすやり口をはこれ以上許してはならない>

4月13日、日本政府は、福島第一原発の冷却に使われていたトリチウムなどが含まれる汚染水を、貯蔵タンクの容量が限界に達しつつあるとして、再処理したうえで海洋放出することを決定した。しかしこの決定は国内外に波紋を広げている。

「トリチウム水」だから問題ない?

政府によれば、海洋放出される処理水にはトリチウム以外の放射性核種はほとんど含まれていないという。トリチウムは水から分離することが技術的に難しく、また体内に取り込んでも出ていきやすいので、大きな健康被害は起こりにくいとされている。そのため、海外での原子力発電所でも「トリチウム水」の放出は行われている。だから問題ないのだ、と日本政府は主張している。

しかし問題となっている汚染水は、2018年、他核種処理設備ALPSでの処理を経ているにもかかわらず、セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素131などトリチウム以外の放射性核種が検出限界値を超えて発見されたという経緯をもつ。それまで東電は処理水内のトリチウム以外の核種は検出できないほど微量であると主張しており、データが存在していたにもかかわらず、それを説明しなかった。これによって政府・東電の信頼性は大きく損なわれ、海洋放出の決定は先延ばしになっていた。

福島原発事故を経て、大量の核種が紛れ込んだ福島第一原発の汚染水は、他国で通常運転している原子力発電所から排出される処理水とはまったく性質が異なるものだ。東電は2020年末に試験的な二次処理を行い、トリチウム以外は基準値を下回ることに成功したと発表した。しかし、海洋放出を予定している2年後までに、再処理がトラブルなく間に合うのかはまったく不透明だ。

汚染水の海洋放出が決定された同日、経済産業省はALPS処理水の定義を変更し、「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」のみを「ALPS処理水」と呼称することを発表した。ということは現在、基準値を超える核種が検出されている汚染水は「ALPS処理水」ではない。また、「規制基準」をクリアする方法を、「2次処理や希釈」と表現しており、二次処理を経ずとも希釈により基準値を下回ればそれでOKとしているとも解釈できる。少なくともこうした先行き不透明な状況で、「海洋放出されるのはどこの国も流しているトリチウム水だから問題ない」と説明するのは不正確だし、「捕らぬ狸の皮算用」でしかないだろう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 北海道生まれ。東京大学大学院単位取得退学。埼玉工業大学非常勤講師。専門はドイツ思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。Twitter ID:@hokusyu82 『ハーバー・ビジネス・オンライン』でも連載中で、人文知に基づいた時事評論や映画・アニメ批評まで幅広く執筆

ニュース速報

ワールド

台湾、新型コロナ感染者が過去最多の16人 総統も警

ワールド

米アマゾン、2.5億ユーロの追徴課税巡りEU裁で勝

ビジネス

「心痛む」と五輪スポンサーのトヨタ幹部、選手に出場

ビジネス

ソフトバンクG、前期利益は世界2位 孫会長「満足し

MAGAZINE

特集:新章の日米同盟

2021年5月18日号(5/11発売)

台頭する中国の陰で「同盟国の長」となる日本に課せられた新たな重い責務

人気ランキング

  • 1

    金正恩が指揮者を公開処刑、銃弾90発──韓国紙報道

  • 2

    ノーマスクの野外パーティー鎮圧 放水銃で吹き飛ばされた参加者も

  • 3

    日本経済、低迷の元凶は日本人の意地悪さか 大阪大学などの研究で判明

  • 4

    天才実業家イーロン・マスクの奇想天外な恋

  • 5

    横溝正史、江戸川乱歩...... 日本の本格推理小説、英…

  • 6

    東京オリンピックはやったらよい しかし聖火リレー…

  • 7

    元気過ぎるトランプの現在...韓国など同盟国を攻撃し…

  • 8

    孤独を好み、孤独に強い......日本人は「孤独耐性」…

  • 9

    かわいい赤ちゃんの「怖すぎる」声に、両親もスタジ…

  • 10

    東大卒プロゲーマー「ときど」を世界一に変えた1冊…

  • 1

    オーストラリアで囁かれ始めた対中好戦論

  • 2

    メーガン妃を誕生日写真から「外した」チャールズ皇太子に賛否...「彼女に失礼」「ごく普通」

  • 3

    かわいい赤ちゃんの「怖すぎる」声に、両親もスタジオも爆笑

  • 4

    パリス・ヒルトン、ネットで有名なセクシー「パーテ…

  • 5

    ノーマスクの野外パーティー鎮圧 放水銃で吹き飛ば…

  • 6

    プロポーズを断っただけなのに...あまりに理不尽に殺…

  • 7

    話題の脂肪燃焼トレーニング「HIIT(ヒット)」は、心…

  • 8

    新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」…

  • 9

    金正恩が指揮者を公開処刑、銃弾90発──韓国紙報道

  • 10

    はるな愛「私のとっておき韓国映画5本」 演技に引き…

  • 1

    メーガン・マークル、今度は「抱っこの仕方」に総ツッコミ 「赤ちゃん大丈夫?」「あり得ない」

  • 2

    「お金が貯まらない家庭の玄関先でよく見かける」1億円貯まる人は置かない『あるもの』とは

  • 3

    オーストラリアで囁かれ始めた対中好戦論

  • 4

    親日家女性の痛ましすぎる死──「日本は安全な国だと…

  • 5

    メーガン妃を誕生日写真から「外した」チャールズ皇…

  • 6

    ヘンリー王子、イギリス帰国で心境に変化...メーガン…

  • 7

    韓国、学生は原発処理水放出に断髪で抗議、専門機関…

  • 8

    ビットコインバブルは2021年ほぼ間違いなく崩壊する

  • 9

    知らない女が毎日家にやってくる──「介護される側」…

  • 10

    脳の2割を失い女王に昇格 インドクワガタアリの驚く…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中