コラム

「進化」する渡辺直美に付いていけない「オリンピッグ」頭

2021年03月22日(月)11時42分

しかしその後急激に太ると、2010年から2013年までコント番組「ピカルの定理」に出演。個性のあるキャラクターを打ち出すことに成功するが、このころはまだ太っている体型をネガティブに弄られるような笑いを求められていたように思われる。2014年にアメリカ留学したころから転機が訪れる。

きっかけは番組の企画でアメリカの物真似ショーに出演したことだという。たまたま見ていたその番組は確かに印象に残っている。渡辺は持ちネタのビヨンセの物真似を披露したのだが、自信満々に立ち振る舞い、アメリカのパフォーマーに負けるまいと、太っている身体を存分に動かしていた。観客の反応もノリノリで、そこにはネガティブな笑いの要素は全くなかった。

2015年以降、渡辺直美のスタンスが少しずつ変化していく。インスタグラムのファンが増え始め、2017年にはVOGUEの世界のメイクアップシリーズで、動画が世界的に再生された。海外の仕事が増えるにつれて、自分の太っている身体をネガティブに捉えず、体型にこだわらず自分らしさを打ち出すファッションやパフォーマンスを行うようになっていく。国外ファンも多くなり、2018年にはタイム誌の「ネットで最も影響力のある25人」に選ばれ、「日本のステレオタイプに果敢に挑んでいる」と評された。2021年からはアメリカに拠点を移し活動していくことになっている。

渡辺直美のコメント

渡辺直美の経歴を簡単に追うだけでも、彼女に「オリンピッグ」をやらせることがいかに時代錯誤かが分かるし、佐々木という人物がこの数年のエンターテイメント界のトレンドについて全く勉強していないかが明らかになる。

渡辺直美自身は、この件を受けて「それぞれの個性や考え方を尊重し、認め合える、楽しく豊かな世界になれる事を心より願っております」と所属会社を通じてコメントを出したが、その後ワイドショーやSNSなどで、「渡辺直美は芸人なので、仮にこの仕事が来たら楽しく引き受けたはずだ」という意見が相次いだ。

こうした意見に対して19日、渡辺直美は自分自身のYoutube生放送で、「仮にオファーがあったら絶対断る。」「普通に面白くない。」「体型のことをどうこう言う時代ではない。」などとリアクションした。「自分自身はブスやデブと言った言葉に傷つかない」と彼女は言う。なぜなら、その段階をもはや超越してしまっているから。自己肯定感を持って自分自身を打ち出していけば、そのような罵倒に怯むことはない。ただし、こうしたことが報道することによって傷つく人が出てくることはやりきれないし、古い価値観は変えていきたい、といった内容を、30分以上かけて喋っていた。

日本の芸能界の古い価値観と変化していく「女芸人」

2016年、アリアナ・グランデが日本の報道番組「スッキリ」に出演した際、芸人の近藤春菜が司会の加藤浩次の振りに対して、持ち芸の「シュレックじゃねえよ!」「マイケル・ムーアじゃねえよ!」のツッコミを披露した。しかしアリアナ・グランデはまったく笑わず、「シュレックだとは思わない。あなたはとても可愛い」と真顔で返答した。女芸人の容姿を弄る芸は、この時点で、もはや世界では通用しなくなっていたのだ。

一方、女芸人には容姿いじりが必須という風潮を変えようとしているのは渡辺直美だけではない。先述した鳥居みゆきもその一人で、2月21日に文春オンラインのインタビューで、「容姿なんて、魂がとりあえず入ってる箱です」と述べ、「女芸人」というくくり自体に疑問を呈した。明るくポジティブなキャラクターとして、今テレビでブレイク中のフワちゃんは、渡辺直美の友人だ。

オリンピック・パラリンピックについては、森喜朗の辞任も含め、日本人男性の古い価値観が問題になっている。だから、渡辺直美の「変化」あるいは「進化」について、日本社会の側がむしろ学んでいく必要がある。これ以上の「恥」を世界に晒さないために。もっとも、「手の打ちようがない」コロナ禍に加えて、こうした不祥事が続くオリンピック・パラリンピックが本当に開催できるのか怪しいものだが。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・寄り付き=ダウ約300ドル安・ナスダ

ビジネス

米ブラックロックCEO、保護主義台頭に警鐘 「二極

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story