コラム

「世界禁煙デー」、日本はハームリダクションの考え方を採用すべきだ

2023年05月08日(月)18時33分

社会構造の変動に対応する、現実的なたばこ規制政策とは? Pyrosky-iStock

<たばこ規制枠組み条約が2003年に世界保健機関(WHO)で採択されて以来、たばこ消費者に対して厳しい北風を浴びせ続けてきたが、今、一体何が起きているのだろうか?>

世界保健機関(WHO)は、1970年にたばこ対策に関する初めての世界保健総会決議を実施したことを皮切りに、1988年に5月31日を「世界禁煙デー」と定めている。世界禁煙デーでは「喫煙しないこと」を求める趣旨となっており、世界中で24時間、あらゆる形態のタバコの摂取を控えることが推奨されている。そのため、WHO加盟国では、日本の厚生労働省のように禁煙週間などを設定し、たばこによる健康被害に関する普及啓発を通じて禁煙ムードを高める取り組みを行っている。

世界では約11億人の喫煙者が存在している

たばこ規制枠組み条約が2003年に世界保健機関(WHO)第56回総会において全会一致で採択されて以来、世界各国は北風と太陽の寓話のように、たばこ消費者に対して厳しい北風を浴びせ続けてきた。その結果として、一体何が起きているのだろうか。

喫煙は習慣化された行為であり、喫煙者にとっては日々の楽しみとなる娯楽である。喫煙者に簡単にたばこを嗜むことを止めさせることは、他者の自由を制約する行為とも言える。そして、何より「喫煙をやめろ」と啓発して喫煙が止まるなら、世界から喫煙者はとっくの昔にいなくなっている。しかし、世界の現実は道徳的な啓蒙主義者が望むほど簡単なものではない。

世界では約11億人の喫煙者が存在しており、グローバルサウスの一部の地域では喫煙者は急速に増加傾向にある。特にアフリカなでは経済成長に伴って喫煙率が増加しているとされており、少なくともWHOが主張している「禁煙」を進める環境とは程遠いものとなっている。それらの国々では禁煙は単なるお題目となっており、より現実的な対処が求められていることは確かだ。

一方、先進国では喫煙率は低下傾向にある。ただし、詳細に見てみると、日本のように若年の女性喫煙者はあまり変化していない国もある。女性の社会進出に伴う役割・認識の変化により、彼女たちのストレスを緩和するための手ごろな手段として喫煙が求められるようになったことも一因と考えられる。

紙巻きたばこから加熱式たばこなどへのシフトを

禁煙を闇雲に叫ぶだけの政策では、グローバルサウスでも先進国のいずれでも問題に十分に対処できるとは言えない。経済発展や男女間の役割・認識変化などの社会構造の変動は単純に「禁煙」を推進する政策よりも社会的な影響が大きい。そのため、現実の社会構造の変動に対応した政策が必要となっている。

そのため、喫煙による健康被害等を低減していく「ハームリダクション」の考え方を採用すべきだ。つまり、従来までの研究で、健康被害が発生することが明確に立証されている紙巻きたばこから加熱式たばこなどの新しい製品に、喫煙者のたばこ消費をシフトさせることが重要である。

実際、加熱式たばこは、たばこメーカーや英米の公的機関の一部の調査で紙巻きたばこよりも健康被害が少ないというデータも出てきている。具体的には、イギリスの公衆衛生局の報告書(2018年)によると、加熱式タバコはベストの選択肢ではないものの、可燃性タバコよりも少ない毒素を持つ可能性があると指摘されている。英国の下院科学技術委員会も加熱式たばこ製品が可燃性たばこ製品よりも90%害が少ないとも言及している。また、アメリカ癌協会の研究者は、2019年の調査で加熱式タバコの普及は喫煙率を下げることに繋がる結果を確認している。 研究者たちは、「新しいタバコ製品の導入は、タバコ製品の市場を大きく変えている」と強調している。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ南部、医療機関向け燃料あと3日で枯渇 WHOが

ワールド

米、対イスラエル弾薬供給一時停止 ラファ侵攻計画踏

ビジネス

米経済の減速必要、インフレ率2%回帰に向け=ボスト

ワールド

中国国家主席、セルビアと「共通の未来」 東欧と関係
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story