コラム

中国政治「序列」の読み方

2010年02月17日(水)13時06分

 かつてソ連が存在したころ、西側のクレムリノロジスト(ソ連問題分析専門家)たちは革命記念日にレーニン廟に並ぶ指導者の序列の変化を手がかりに、情報封鎖された共産党内部の権力闘争を読み解こうとしていた。党機関紙プラウダの微妙な表現の変化も貴重な情報源だった。

 情報を把握している者がごく少数に限られ、かつ互いに「漏れ」を強く監視し合っている場合、その情報が外部に流出することはまれだ。クレムリノロジストたちの「技術」は今思えばずいぶんアナクロだが、現在もこの伝統芸が有効な国がいくつかある。その1つが中国だ。

 今年1月29日に北京で開かれた全国国境警備会議を伝える記事で、現在2人いる中央軍事委員会副主席の郭伯雄(クオ・ポーション)と徐才厚(シュイ・ツァイホウ)の表記の序列が逆転していると、在米中国語ニュースサイトの博訊ネットが報じた新華社の記事を見ると、確かに徐の名前が先に書かれている。

 中央軍事委員会は、中国政治の権力の源泉の1つとされている人民解放軍を指導する組織。郭、徐とも制服組で、郭は徐の1年先輩。軍事委副主席になったのも郭が先だった。共産党指導者の序列には厳格な定めがあり、もしメディアが間違って報じたのであれば直ちに訂正される。それが訂正もされずに放置されているということは、序列を変える何らかの指示もしくは政治的動きがあった、と推測するのが妥当だ。

■「習近平時代」到来が確実に

 なぜこのポストの動きに注目する必要があるのか。昨年9月、軍事委主席でもある胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席の最有力後継者である習近平(シー・チンピン)・国家副主席が、共産党の会議でその登竜門とされる軍事委副主席になぜか選ばれなかった。「規定路線」を外れたことで、世界のチャイナウォッチャーの間に中南海で権力闘争が始まったのではないか、との憶測が一時広がった。

 博訊ネットの記事で匿名識者がコメントしている通り、「(軍の制服組トップである)郭伯雄からの権力委譲はすでに始まっている。3月から10月の間に軍事委副主席のポストは習近平か、ほかの誰かに引き継がれる」ことになれば、権力闘争はなく、中国の次期トップは習でほぼ決まり、ということになる。

 香港誌が昨年12月、習が昨年9月の会議の前に、胡に軍事委副主席就任をしばらく遠慮したいという「手紙」を出していた、と報じた。「ほかの誰かに引き継がれる」というのは、おそらく「手紙」の存在を含んだコメントではないか、と推測できる。習が辞退するのは「しばらく」だから、ワンポイント・リリーフを経て、遠くない未来に習自身が軍事委副主席に就任するという流れである。

 いずれにせよ、次期共産党大会がある2012年に中国が「習近平時代」を迎えるのは間違いなさそうだ。昨年末の天皇会見で日本人にあまりよくない印象を残した習だが、その実像は中国でもあまり知られていない。オバマ大統領のようにツイッターで情報を発信してくれるといいのだが。

――編集部・長岡義博

他の記事も読む

ユーロ危機を予測していたフリードマン

アレキサンダー・マックイーン急死の波紋

欧米メディアは「お辞儀」にうるさい?

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story