コラム

バンクーバー五輪の環境「銅メダル」は本物か

2010年02月22日(月)18時30分


 バニティ・フェア誌のコラムニスト、クリストファー・ヒッチェンズは本誌2月24日号への寄稿で、既に終わったスポーツの結果が新聞の一面に載るのはごめんだと書いている。新聞では世界が抱える問題を知りたい、と。

 そんな彼も 「環境にやさしい五輪の嘘」という記事が1面に載っていたら、きっと読みたくなるだろう。

 確かに、バンクーバー五輪組織委員会(VANOC)は「史上最も環境にやさしい五輪」を喧伝し、徹底して二酸化炭素(CO2)の排出量を減らすよう試みている。

 例えば選手村では、汚水の熱を利用して暖房を供給したり、水力発電を利用したりしている。会場と選手村を結ぶバスは、古い油を利用したバイオディーゼルで動く。メイン会場の1つであるスピードスケートリンクの天井には虫食い被害にあった地元のマツ材を利用するなど、「持続可能」にもこだわった。

 また五輪史上初めて、カーボンオフセットスポンサーを導入。カーボンオフセットとは、排出される温室効果ガスを相殺するために、温室効果ガスを削減する活動に投資すること。カナダの環境コンサルタント企業オフセッターズが公式スポンサーとなり、大会の直接的運営によって排出される11万8000トンのCO2を相殺するために必要な500万カナダドルを供出。ブリティッシュコロンビア州のクリーンエネルギー事業に投資する計画だ。

 カナダを代表する環境活動家のデービッド・スズキが主宰するスズキ財団はこうした試みを評価し、2月3日、バンクーバー五輪のエコ度は「銅メダル」に値すると発表した。(公共
交通網の整備や、世界への環境イニシアチブの発信に課題があるとして金メダルには至らなかった)。
  
 だが、本当にメダルに値するのだろうか。トロント・サン紙は、VANOCがスズキを利用してエコ五輪をPRしただけ、と指摘。スズキ財団はVANOCの報告書をもとに評価しただけであり、バンクーバー五輪は「意図的に緑に塗られた」と書く。

 オフセッターズが相殺するのは、直接的運営によって排出されるCO2のみ。観客や選手、スポンサーの移動に伴って発生する残り15万トンについては宙に浮いている。観客やスポンサーにはオフセッターズのサイトで自主的にカーボンオフセットを購入するよう促しているが、観客が自分の排出するCO2に関心を持つとはかぎらない。15万トンといえば、中型の車2万8000台が1年間に排出する量に匹敵する。
 
 それに、雪不足のために会場に雪を運ぶヘリコプターやトラックが排出するCO2は?(VANOCは雪の輸送の影響は1%未満だと主張)。アメリカから車でやって来るだろう大勢の観客が排出する大量のCO2は? さらには会場建設のための森林破壊についてはどう説明するのか。バンクーバーとウィスラーを結ぶ高速道路は森を切り崩して建設され、06年には建設に反対して座り込みを行ったバンクーバー市民が逮捕されている。

 湾には警備のために動員する警官や兵士5000人の宿泊施設として3隻の豪華客船を停泊させ、電気や暖房に大量のディーゼル燃料を使用している。しかしここで使用するエネルギーは、パルス・エネルギーが提供する五輪会場のエネルギー利用モニターには含まれていない。

 過去の五輪に比べればバンクーバー五輪のCO2排出量は確かに減りそうだが、それでも大量のCO2を吐き出すことに変わりはない。

 もっとも、地球温暖化ガスが大量に発生するのはバンクーバーに限った話ではない。肥大化する五輪(とサッカーW杯などのスポーツイベント)が抱える共通の問題だ。それなら五輪なんてやめちまえ、という過激な声も聞こえてきそうだが、現実的でないだろう。だとすれば、将来は現地での観戦は禁止、観客は映像だけで楽しむという選択肢もあり得るかもしれない。3Dテレビが普及したら、それも悪くないかもしれない。テレビの買い替えはエコに反するという声はさておいて。

----編集部:小泉淳子

このブログの他の記事も読む

  キャンプ・シュワブ陸上案もダメな理由

  『プレシャス』で魅せたモニーク

  積雪80cmは、序の口?!

  ビル・クリントンに寝だめのすすめ

  世界報道写真展:審査の裏側

  イルカ猟告発映画『ザ・コーヴ』は衝撃的か

  ミシェル・オバマの肥満撲滅大作戦

プロフィール

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英政府、ヒースロー空港拡張の競合2提案検討

ビジネス

三井物産、4─6月期の純利益3割減 前年の資産売却

ビジネス

ブラジルの対米輸出、全体の35.9%に50%関税適

ワールド

米が対カナダ関税35%に引き上げ、カーニー首相「失
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 6
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 7
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 8
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 9
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 10
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 8
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story