コラム

世界報道写真コンテスト:審査の裏側

2010年02月19日(金)18時30分

 昨年1年間に世界中のメディアで発表された写真の中から最高峰を決める世界報道写真コンテスト(World Press Photo)の審査員として、2月3日〜13日までアムステルダムに行ってきました。世界的に最も権威ある写真コンテストのひとつで、12日に各賞が発表されました(関連記事)。受賞作品は展覧会として世界中を毎年巡回しており、日本でも「世界報道写真展」として国内数カ所を巡回していますので、ご存じの方も多いと思います。

 審査は極めてたいへんな作業でした。大賞の他に細かくスポットニュース、社会問題、スポーツなどの10カテゴリーに分かれ、それらがさらに組写真(ストーリー)、単写真(シングル)の部門に分かれるので、2ラウンドの審査期間中に10万1060点の作品の中から20部門の1〜3位を選び、さらに大賞を決めます。初期段階では写真が大きなプロジェクターで映し出されボタンを押してジャッジしますが、多数決で落選した作品でも、自分が納得できない場合はキリのよいところで見直し、理由を説明して議論します。企画のプレゼンのようですね。何度も異論が出て全く進まない時もありました。

 また、写真家は番号制で名前が伏せられ、審査員自身が何らかの形で関わった作品については説明義務があり、公正が保たれます。他の審査員は米ナショナル ジオグラフィック誌、英ガーディアン・ウィークエンド誌などのフォトエディターや有名写真家で、フォトジャーナリズム、撮影方法やストーリーの構成、評価の視点、撮影後の写真の扱いなどあらゆる点においての突っ込んだ意見交換は、多くを学んだ10日間でした。ある晩オランダ王室のコンスタンティン王子が激励に現れて驚いたことも。

 

大賞を絞り込む 最終候補はさらに大きなプリントとなって机に並ぶ
 

 今年の応募作品には、世界中のメディアが大挙して押し寄せた大事件、大災害、イベントが比較的少なかったことで、作品の弱さを危惧する向きもありましたが、結果的には、被写体へのアプローチや撮影方法のユニークさ、コンセプトの面白さなどを感じられるバラエティに飛んだ入賞者リストになったと思います。

 今回の大賞には「世界報道写真」と言われてすぐ思い浮かぶような激しい衝突や嘆く人、兵士、遺体などが写っていません。まず美しく静かな中にある強い緊張感に引き込まれ、世界中に報道された大ニュースがごく普通の日常にうごめき、彼らに何が起こっているのかを深く考えされられる作品です。この写真を大賞に選ぶのは審査員たちにとってある意味チャレンジで、議論も白熱し長い時間をかけて各自の意見を出し尽くした上での投票になりました。大賞には今年も含めて毎回賛否両論が欧米写真業界を中心に巻き起こりますが、読者の皆さんにはどう映るでしょうか。

 さて、本誌には写真特集ページ「ピクチャーパワー」という連載があります。掲載作品のうち、今回のコンテストに入賞した「母なるイングランドを探して」「俺たちは数時間前に大統領を殺した」は、本誌ウェブサイトで見ることができます。また、2月11日号掲載ピーター・ビアブルゼスキの「都会の陰に潜む失われた楽園」、今回は別作品で入賞したユージン・リチャーズの作品、ピクチャーパワー以外でも昨年1月巻頭を飾ったチャールズ・オマニーのオバマ大統領就任式の写真などをはじめ多くの秀作を掲載しています。

 是非、本誌の写真にご注目ください。

他の記事も読む

関連記事:世界報道写真コンテスト 「抗議の叫び」が大賞に

関連記事:世界報道写真コンテスト「今年最高の一枚」など存在しない

――編集部・片岡英子

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story