コラム

欧州議会選挙で極右政党がかつてない躍進──EUが恐れる3つの悪影響

2024年06月14日(金)10時40分

ただし、イギリスは国民投票で “離脱” を選択した後、国内政治でもEUとの離脱交渉でも大きな混乱に陥った。それを横で見ていた各国のEU懐疑派は、いまや “離脱” ではなく “内部改革” を目指すようになっている。

そのため今後極右政党の影響力が増せば、EUの規制が弱められることもあり得る。

それは各国ごとの独立性を回復することにはなるだろうが、その裏返しで加盟国ごとにルールや規制が違うことになり、域内移動もこれまでほどスムーズでなくなることも想定させる。

そうなれば外部からみて “一つの市場” としてEUが持つ魅力が低下し、海外企業にとっては進出のブレーキにもなり得る。ロンドン市議会は今年1月、EU離脱によってロンドンだけでも29万人が職を失ったと報告した。

たとえ “離脱” を選択する国が増えなくても、EUとしての一体性が損なわれれば、それだけでも経済に悪影響が出るという懸念が各国政府にはあるのだ。

ブランド価値を引き下げる内向き志向

第二に、自由、人権、多様性などの面で、ヨーロッパのブランド価値に傷がつきかねないことだ。

フランスの極右政党 “国民連合” マリーヌ・ルペン党首は、大戦中にフランス警察がユダヤ人を狩り出してドイツに引き渡した歴史を無視して「フランスにホロコーストの歴史はない」と発言し、ユダヤ人団体から抗議されたことがある。

スウェーデンでは極右系の民主党が政権を握った後、デモのなかでイスラームの聖典コーランを焼く行為が合法と認定された。

ドイツのAfDは「民族的にドイツ的でない市民」の集団追放について協議していたことが発覚している。

これらは一定数の支持者から歓迎されていて、その意味では民主的といえなくない(民主主義が道徳的に正しい結果を導くとは誰も保証できない)。

ただし、それが他者の権利や尊厳を否定する論理であることもまた確かだ。

少なくとも、こうした内向きの態度が多くの国で賞賛をもって迎えられるかは疑問で、これまで自由や人権の価値を称揚してきたヨーロッパの影響力にもかかわる問題である。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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