コラム

「世界最悪の独裁者」ムガベの死――アフリカの矛盾を体現したその一生

2019年09月09日(月)14時52分

白人支配に抵抗する黒人の象徴だったムガベは、白人の土地を奪って私物化する矛盾も演じた Philimon Bulawayo-REUTERS


・ジンバブエのムガベ前大統領は在任中「世界最悪の独裁者」とも呼ばれたが、そのきっかけは白人の土地を補償なしに徴収したことだった

・この問題は植民地時代に端を発するもので、補償なしの徴収はごく一握りの白人が土地の大半を所有するいびつな構造を暴いた

・その一方で、ムガベは意図的に人種を政治的に利用した点で、現代のポピュリストの先駆けともいえる

ジンバブエのロバート・ムガベ前大統領の一生は、アフリカが抱える矛盾を体現したようなものだったといえる。ただし、彼が死亡したことで、アフリカの矛盾が解消されるわけではない。

「世界最悪の独裁者」の死

9月6日、アフリカ南部のジンバブエを37年間にわたって支配したムガベ前大統領が死亡した。アメリカなどで「世界最悪の独裁者」とも呼ばれたムガベの95年の生涯には、アフリカが抱える矛盾が凝縮されていた。

ムガベが「世界最悪の独裁者」と呼ばれるようになったきっかけは、1990年代末に始まった白人財産の補償なしの徴収にあった。

19世紀にイギリス人が多数入植したこの土地には、その後も白人が多く暮らしているが、人口でわずか1%に過ぎない彼らは耕作可能地の約40%を所有するなど、ジンバブエ経済を握り続けてきた。

ムガベによる白人財産の没収は黒人への分配を名目にしたものだったが、これが私有財産の侵害にあたることは確かだ。

その一方で、歴史のある一時期の征服・開拓の恩恵をその子孫が享受し続ける状況は、白人大土地所有者が珍しくないアメリカやオーストラリアをはじめ、各地でみられるものだ。ムガベの行動は確かに人権侵害かもしれないが、それと同時に現代にまで続く歴史的な不公正を暴くものでもあった。

近代以降の欧米諸国の闇を白日の下にさらしたからこそ、ムガベは「世界最悪の独裁者」として欧米諸国で嫌われたといえる。

黒人運動のリーダーとして

とはいえ、欧米諸国がムガベと対立したのは白人の土地問題が初めてではなく、その因縁は1960年代にまでさかのぼる。

ムガベは当時ローデシアと呼ばれたこの地で、白人支配に抵抗する独立運動のリーダーとして頭角を現した。当時の白人政権は日本を含む西側諸国から正当な政府とみなされ、これに抵抗するムガベらは「テロリスト」と目された。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏成長率、第1四半期は予想上回る伸び 景気後

ビジネス

インタビュー:29日のドル/円急落、為替介入した可

ワールド

ファタハとハマスが北京で会合、中国が仲介 和解への

ビジネス

ECB、インフレ鈍化続けば6月に利下げ開始を=スペ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 8

    衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

  • 9

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 10

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story