コラム

ステイホームの今こそ、家族と「#うちで話そう」──久保田智子とお母さんの対話

2020年05月27日(水)11時35分

幼い頃に住んでいた神奈川県藤沢市にて、筆者と母 COURTESY TOMOKO KUBOTA

<ジャーナリスト・久保田智子が、一般の方の人生について聞く連載コラム。今回インタビューする相手は、自身の母。極端なマイナス思考の母との関係に悩んできたという久保田は、母親の話に耳を傾けることで自分への思いを知る>

「お母さんのこれまでの人生を聞かせて」。母の日が近づくと、私は母にインタビューすることにしている。きっかけは軽い思い付きだったが、今では母とじっくり対話することが大切な時間になっている。特に、初めてインタビューした時のことは忘れられない。

私は母との関係にずっと悩んできた。母は極端なマイナス思考だった。「最悪のことを想定しておけば、それ以上悪くはならない」が信念で、私が何かに挑戦しようとすると「そんなことができるわけない」と失敗したときの心構えをさせられた。やる気に満ちているときに否定されるのがつらくて、私は母の影響から逃げた。高校、大学、就職、結婚、どんな挑戦についても、結果が出るまで母には一切知らせなかった。

「恥ずかしかったことがいっぱいある」。初めてインタビューした時、これまで自分について語ることのなかった母は、記憶をたどりながらゆっくりと話し始めた。母は1955年、新潟県佐渡島で生まれ、田んぼに囲まれた農家で育った。「親は怖くてね、お願い事なんてとてもできなかった。私は我慢し続けた」。そうだ、そうそう、と記憶がよみがえり、徐々に早口になっていく。

「小学校で牛乳が配られるのだけど、私にはなかった。うちは牛乳の代金を払ってくれなかったから。みんなにはあるのに、自分だけないって、どんな気持ちだと思う? 修学旅行では、みんな旅行カバンを親に新調してもらっていた。でも私は、家にあるヨレヨレのビニール袋を持たされた。体育の授業で、みんなピタッとしたブルマなんだけど、私はお下がりのちょうちんブルマで、少しでもみんなに近づくように生地をぐるぐる巻いて、腰のところで結んでいた。更衣室で着替えるとき、それを隠れて解くのがどんな気分か分かる?」。よどみなく続く母の話は、悲しみでいっぱいだった。

「自分の気持ちを親には分かってもらえなかった。逃げ出したかった」。それは私が子供時代に感じていたことと同じだった。母は逃げることができず、その環境下で自分を守るすべを見つけるしかなかった。

「最悪のことを想定しておけば、それ以上は悪くはならない」。そう言い続けてきた母のことが少し理解できたように感じた。そうやって私のことも、母なりに、守ろうとしていたのかもしれないと思った。

プロフィール

久保田智子

ジャーナリスト。広島・長崎や沖縄、アメリカをフィールドに、戦争の記憶について取材。2000年にTBSテレビに入社。アナウンサーとして「どうぶつ奇想天外!」「筑紫哲也のニュース23」「報道特集」などを担当。2013年からは報道局兼務となり、ニューヨーク特派員や政治部記者を経験。2017年にTBSテレビを退社後、アメリカ・コロンビア大学にてオーラスヒストリーを学び、2019年に修士号を取得。東京外国語大学欧米第一課程卒。横浜生まれ、広島育ち。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザでの戦争犯罪

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、予

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッカーファンに...フセイン皇太子がインスタで披露
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 5
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 6
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story