コラム

ヘンリー王子「王室引退」への不満と同情と

2020年01月14日(火)16時40分

ヘンリー王子の引退表明とそのやり方に衝撃が広がる一方で、同情や惜しむ声も出てきている Dominic Lipinski-REUTERS

<メーガン妃とともに王室の高位メンバーから退くと発表したヘンリー王子をめぐり、英国内では不満が広がっている>

それで、ご職業は何ですか?──もしも英王室メンバーに会う機会があったら、これが彼らから最も尋ねられる可能性が高い質問であることを、イギリス人なら誰でも知っている。相手への興味を示せるし、緊張して舞い上がっている人でも答えに窮するものではないから、便利な定型質問だ。僕だったらこう答えるだろう。「ライターをしていますが、あなた方の職業に加わることに興味を引かれます......王室メンバーになるにはどうしたらいいのでしょうか?」

もちろん、実際には言わない。大多数のイギリス人と同様、僕も英王室を支持しているし、困らせるつもりはないからだ。でも僕の妄想には図らずも、いかに彼らが信じ難い富と幸運に恵まれているかということ、それを自らの功績ではなく生まれついての偶然で手に入れたことを彼らに思い出させてやりたい、という願望が表れている。僕や一般のイギリス人は言うなれば、彼らが「労せずして得た特権」の分だけ身を尽くして働くことを当然だと思っている。

ヘンリー王子が高位王族の地位から退くと発表したことに、相当な不満が広まっているのは、そのためだ。協定は破られた。彼は特別な教育を受け(学費最高峰のイートン校を含む)、最高のスポーツイベントに顔を出し(すると公務に熱心だと称賛される)、豪勢なロイヤルウエディングを行い、巨費をかけて新居を改修し......そして今、王室のマイナス面が気に入らないからという理由で王室から去ろうとしている。

他国に比べても過酷な英王室

ヘンリーはいくつか失態を演じてきたが(パーティーでのナチスの仮装など)、これらは若さ故の過ちと大目に見てもらえた(僕らだって若いときにはばかをやるものだが、それが新聞1面に載ったりはしない)。何より、彼は2度のアフガニスタン派遣を含む軍での任務で尊敬されている。

それでも、世代交代の波が押し寄せるなか、華やかな妻メーガン妃と息子と共にヘンリーがより大きな役割を期待されるその時期に、単純に王室を去ることができるなどという考えは、とても許されるものではなかった。誰もが、現在93歳のエリザベス女王とは対照的だと感じた。女王は21歳の際に語った「長かろうが短かろうが、生涯を国民への勤めのためにささげます」との誓いを守り続けていると見なされている。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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