コラム

【書評】Life after Google──なぜGoogleの時代が終わるのか

2018年08月10日(金)16時00分

シンギュラリティは来ない!?

さてGoogleの時代とは、どんな時代なのか。いつ終わり、次にどのような時代がくるのか。この本のそういったメインテーマとは別に、ほかにも興味深いGilder氏の時代考察がこの本の中にはいくつも出てくる。例えばAI新聞編集長としては、「(3)AIは今後加速度を増して進化し人間より優秀になるという考え方」が終わる、という主張が一番気になった。

Gilder氏は、AI万能主義者ではない。AIを単なる数理モデルと考えていて、実際の脳とは大きく異なるものだと考えている。

「実際の脳の研究では、人間の脳はAIのようなロジックマシンではなく、感覚プロセッサーであることが分かってきた。だが今のAI産業は、ロジックマシンとしての研究開発を続けている」と言う。

またAIが扱う数学自体にも問題があると言う。「AI研究者は、20世紀数学の最大の発見であるアルゴリズム情報理論とまだ向き合っていない。すべてのロジックは不完全であり、証明できない前提をベースにしていることを、AI研究者たちは理解していない」「今日のコンピューターに使われている決定論数学のロジックでは、情報が持つサプライズに対応できず、本当のクリエーションを反映しない」と言う。

僕自身、最新の脳神経科学、高等数学にうといので、Gilder氏の主張が正しいのかどうかよく分からない。多分、人間や自然、宇宙というものは不確定要素が多分にあり、すべて決まりきった数式で表現できるものではない、というような意見なんだと思う。

また同様の理由で、Gilder氏はシンギュラリティに関しても、懐疑的だ。

本の中では物理学者のMax Tegmark氏が書いた「Life3.0」を取り上げて、批判している。Life3.0は、超人類(サイボーグ)の時代を指している。超人類は、AIを自分の体内に取り込んで、自分で自分を賢くしていくのだという。Tegmark氏によると、今の人類がAIを作る最後の人類になるという。

このTegmark氏の主張に対しGilder氏は、「人間の脳はコンピューターではない。意識である」「意識は思考から生まれるのではなく、思考の源泉である」と反論する。また遺伝子工学についても、「今の遺伝子工学は車のエンジンのチューニングをしているレベル。エンジンを再設計できるようなレベルではない」とする専門家の意見を紹介している。

僕も意識は思考から生まれるのではない、と思っている。あるAI研究者は著書の中で「意識は、自分の思考をメタ認知することではないか」というようなことを書いている。自分が考えていることを、もう一人の自分が上から見ている。そんな状態を意識と定義しているようだ。なので、思考という計算をするAIを、別のAIの思考が認識するという仕組みができれば、意識を作ることができる、と考えているようだ。

確かに考え事をしている自分を、別の自分が眺めているという感覚を持つことがある。思考を認識する思考。これならAIで実装できるかもしれない。

しかし瞑想していると、思考がほぼ停止して、心が澄み渡ることがある。思考はないのだが、そこには意識がしっかりとある。意識はいつも以上に研ぎ澄まされていて、五感を通じて周りの状況を認識している。僕はヨガ、瞑想が趣味なんで、この感覚を頻繁に感じる。Gilder氏の言うように、意識があり、そこから思考が立ち上がっているのが分かる。仏教では、心の奥底には空(くう)と呼ばれる領域があり、そこから直感やクリエイティビティ、感情、思考が起こってくる、と説いているが、まさにそんな感じだ。

本当の意識って何なんだろう。果たしてどれくらいの人が心の仕組みを正確に理解しているのだろうか。

恐らく今のAI研究者は、心の仕組みを十分に理解していない。逆に、心の仕組みを理解するためにAI研究があるのかもしれない。試行錯誤を続けてAIを進化させていく中で、「なるほど人間の脳って、こんなふうになっているのかもしれない」と分かるようになるんだなと思う。

なので今のわれわれの脳の理解のままで、AIは意識を持つようになると断言することは、乱暴過ぎる議論だと思う。遺伝子工学で、人間を自由自在に改良できるようになる、という意見も乱暴だ。

いずれAIが意識を持つようになるかも知れない。遺伝子工学で人間を自由自在に改良できる時代になるかもしれない。でも現状を見る限り、一足飛びにはそういう時代になりそうもない。

次の進化は、シンギュラリティへの一足飛びではなく「ブロックチェーンを使って人間が機械を支配し、機械は頭のいい奴隷として人間に仕える時代になる」とGilder氏は予測している。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story