コラム

日本の相撲は「国技で神事で品格あり」?

2018年05月23日(水)16時30分

裸の人間同士が体をぶつけるスポーツは国境を超えた娯楽のはず Toru Hanai-REUTERS

<スキャンダルまみれの角界は日本人男性の弱さの表れ──モンゴル出身の文化人類学者が物申す>

89年に来日した南モンゴル出身の私には、かれこれ28年にわたる「相撲言説観察史」、という自慢にもならない経歴がある。

大相撲をめぐる日本での意見を見聞きして、ずっと抱いてきた違和感が3つある。「国技であること」「神事であること」「力士には品格が必要であること」だ。この3つの要素は日本人ファン層、主として男性ファンのあつい愛国心をくすぐってきた。今や「相撲ナショナリズム」の奔流になりつつある様相すら見せている。

まず、相撲を国技だと定義しておくと、「日本人」しかなし得ない競技がある、という枠組みがつくられてしまう。裸の人間同士が体をぶつけて競い、勝負を決めて周りを喜ばせる興行は人類の誕生とともに、世界各地で同時多発的に現れた。今ではどこが発祥の地かを探し、特定するのも無意味に近い。

ユーラシアでは既に、紀元前8世紀~前3世紀に活躍した遊牧民スキタイが青銅器に相撲の文様を刻んでいた。また、10世紀頃に栄えた遼王朝のモンゴル系契キ丹タイ人の格闘技が日本に伝わって大相撲になったという学説もある。それでも、「モンゴル高原が相撲発祥の地」と自慢するモンゴル人はほとんどいない。人類共通の興行だからこそ、大相撲にもモンゴル相撲にも似たような技芸があり、モンゴル人力士はそれを遺伝子のように駆使できるので強いというだけだ。わざわざ近代国家の枠組みに縛られて、「国技」性を強調する必要があるのだろうか。

次に、「神事」について見てみよう。日本の相撲が独自に進化を遂げたことは事実だが、モンゴルも例外ではない。私の専門である文化人類学に即して言えば、本来の神事とは宮中の秘儀か、神の前での行いを指す。神社での土俵入りをもって神事とする大相撲同様、モンゴル相撲も寺院や聖地での清めとみそぎを必要とする。

ルールが複雑となり制度化し、力士の地位が高くなり、国家や宗教界との結び付きが強いのも日本とモンゴルの相撲に共通した特徴と言える。世界中にあったさまざまな興行も近代国民国家の成立に伴ってスポーツに姿を変えたが、生来持っていた宗教的要素は消え去らなかった。

現にアフリカのサッカーチームには呪術師がいる場合が多い。試合前に相手が負けるよう、公然とグラウンドで呪いをかける風景はワールドカップが日本で開催されたときにも見られた。キリスト教徒の選手は十字を切り、イスラム教徒はコーランの一節を唱える。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

国連安保理、ベネズエラ情勢巡り緊急会合 米「最大限

ワールド

ローマ教皇、ロシアのクリスマス停戦拒否に「大きな悲

ワールド

赤沢経産相、米商務長官らと対米投資巡りオンライン協

ビジネス

仏議会、来年1月までのつなぎ予算案可決 緊縮策と増
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story