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ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

伝統的ビールの国ベルギーで地元クラフトビールを堪能する

Credit:LauriPatterson

毎年、夏休みに日本に里帰りするのを楽しみにしていたが、今年はあきらめた。ワクチン接種が相当に進んだ楽観で、ヨーロッパ内を積極的に旅行する人も私の周辺でそこそこいたが、国内や近くで過ごす人が多かったように思う。私のようにどこにも行かずに地元にとどまった人も少なくなかった。普段なら、日照時間が長く気持ちのいい季節で、公園でピクニックしたりジョギングするだけで幸せ感があるが、この8月は異例な長雨続き。そんなさみしい私の夏を豊かにしてくれたのは、地元産のクラフトビールだった。

昨年のコロナロックダウンの直前に、自転車乗りの若い夫婦が住宅地の中の自動車修理ガレージを改装してオープンしたBrouwerij de Coureur (サイクリスト・ビール醸造所)。独自のレシピで4-5種類のクラフトビール製造している。ロックダウンやその後の厳しい規制で、de Coureur の存続を心配した。1年たって訪れるとしっかりと地元の家族や自転車乗りの間に根付いていた。コロナの規制下で営業停止の時は、お持ち帰り用の1.9リットルのマイボトルを導入。私も10ユーロでマイボトルを購入。バーが開いた今でも、常連さんは自分のボトルを持って来て、一杯飲んだ後、マイボトルを満たしてもらって持って帰る。

バーと言っても、ここで製造しているクラフトビールとホームメイドのジンジャエールのみの提供だ。営業は水、金、土、日の昼から21時まで。一般的なバーやカフェとはまったく違う限定的なビジネスモデルが、むしろコロナ禍で適応力を発揮しているように見える。昼間が中心の新しい営業スタイル、食べ物持ち込みOKのおおらかさかさ。そのためか若い夫婦と赤ちゃんや小さな子どもも多い。三世代家族(おばあちゃん、おじいちゃんから孫まで)が散歩の後に大テーブルでクラフトビールのテイスティングを楽しんだりしている。私は、土曜日の空手の稽古の後の午後1時に、数人の仲間とここで一杯飲むのが常である。

ところでベルギー人は大の自転車好きで、趣味の自転車クラブがたくさんある。週末はグループでいっしょに走って、最後にビールを一杯、というのが常で、de Coureurは自転車乗り仲間に人気のスポットになりつつある。私の気に入りのビールの名前はKUITENBIJTER。意味は「ふくらはぎの筋肉痛」。発音が難解なこの独特の名詞をベルギー人が自慢げに教えてくれる。「自転車で坂道を長く上った後に訪れる激しい痛みだよ。えっ、そういう言葉ないの?」。競技・趣味自転車を愛する国の文化と愛を感じる。

どんな普通のバーに入ってもベールの銘柄は少なくとも20-30あり、ビールバーとなれば50-100とあるビール王国ベルギー。伝統的なトラピスト(修道院)ビールの他、ベルギー人に愛される銘柄は山のように、そして各地域にある。例えば名品のデュベル (Duvel) 好きは、Duvel愛のあまりに他のビールに国内外問わず手厳しい。そんなディープなビール国で新興のマイクロブルワリーとかクラフトビールとか、イギリス・アメリカ発祥のIPA(インディア・ペールエール)とか、市場の開拓が難しそうに思える。

ビールの国の厳しい競争の中、若手の起業家・職人たちは、伝統的な名品の隙間をくぐり抜け、うっとりするような、複雑だがユニークすぎない(多くの人に愛される)ビールを生み出している。うちのお隣の町にはアトリエ醸造所(Het Brouw Ateljee)の名で、複数のクラフトビールを近隣のバーやカフェに提供している。Duvel好きのベルギー人友人も唸る、新しいこだわりと伝統が交差する黄金の泡。

さて、最後にお値段の程は。ビールの国でそれは労働者、庶民の飲み物。おそらく日本でも見かけるだろう典型的なベルギービールステラSTELLAは私の住む町ルーベン(LEUVEN)のビール。何の特色もない、普通のピルスナーで、日本のビールと似ている。どこで飲んでも普通の生ビールグラス(250ml)で2ユーロ(260円)が常だった。コミュニティーセンターや公共スポーツ施設のバーでは1.8ユーロ。一方、アルコール度の高いトラピストなどのビールはここ数年は3.5~4ユーロ(350ml)(約500円)だったと思う。クラフトビールのお値段は平均でグラス(300ml)4.5ユーロ (約580円 )ほど(完全に私の経験による)。

久々に街に出ると、コロナ後のビールのお値段事情が随分変わってびっくりした。例えば私の好きなカルメリート(Karmeliet) は5ユーロ(650円)になっていた。ちなみにベルギーではスーパーでもバーでも基本は子瓶で、瓶はリーユースだ。(10セントの預かり金。瓶は次の買い物のときに持ってきて返金される)。缶ビールは売ってはいるが、一般的ではない。一つの銘柄それぞれに独自のグラスがあるビール王国のこだわり。缶やプラスティックのビールが提供されると、心底がっかりするするあたりは、私もすっかりベルギーのビール文化に馴染んでいる。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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