Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
コアラ抱っこができなくなるXデー
7月から新会計年度となるオーストラリアでは、さまざまな法令や規則等の変更が行われるが、そのほとんどは、市民の暮らしや移民・ビザに関連するもので、海外からやってくる観光客にはさほど影響がないものが多いかもしれない。
ところが今年は、観光客にも影響がでそうな変更が、大したニュースとして取り上げられることもなく、ひっそりと行われた。
それは、1927年にクイーンズランド州の州都・ブリスベン郊外に設立された世界最古のコアラ保護区「ローンパイン・コアラ・サンクチュアリー」が発表した、コアラ抱っこの中止・終了と運営形態の変更だ。
観光客は、この世界最古かつ最大のコアラ保護区を訪れ、コアラを抱っこして記念撮影をするのが定番となっていたが、2024年7月1日からは、ここでのコアラ抱っこはできなくなり、新たなコアラ体験やツアーへと変更になる。
『コアラ抱っこ』は、オーストラリア旅行の目的のひとつともいえるほど、人気の観光アクティビティだ。だが、コアラの研究と啓蒙活動をリードしてきたローンパイン・コアラ・サンクチュアリーによる今回の決定は、今後のオーストラリア観光に影響を及ぼしかねないほどの変化といえる。
州によって異なる『コアラ抱っこ』の現状と歴史
これまでオーストラリア国内では、州によって「コアラ抱っこ」ができる州とできない州が混在していた。
これは、人間に抱っこされることは、コアラにとってストレスであり、その時間が長くなればなるほどストレスが溜まって、コアラの健康に悪影響を及ぼすという動物福祉の観点から、州によってはコアラ抱っこを法律で禁止してきたためだ。
現在、コアラを抱っこできるのは、クイーンズランド州、西オーストラリア州、南オーストラリア州の3州のみ。つまり、ニューサウスウェールズ州、ビクトリア州、タスマニア州、ノーザンテリトリー、キャンベラ(首都特別地域)では、できない。
例えば、シドニーのあるニューサウスウェールズ州では、もう27年も前の1997年1月から法律で禁止されてきた。この決定が発表された1995年当時、引き続きコアラ抱っこができる隣州(クイーンズランド州)に観光客が流れてしまうことを恐れ、「コアラが人間に抱っこされることでストレスを受けているという科学的根拠はない!」と、州内の観光業界から猛反発があったという。
しかし、コアラ研究の第一人者であるローンパイン・コアラ・サンクチュアリーのローズマリー・ブース氏も、当時から以下のように述べ、コアラ抱っこについて前向きな姿勢は示していなかったようだ。
「科学的な証拠がないからといってコアラを触るべきだということにはなりません。ある行為がストレスになるかどうか分からないなら、やらないのが最善策です」(参照)
ローズマリー・ブース氏をはじめ、コアラの研究者や保護活動家らの間では、以前から観光産業の一環としての『コアラ抱っこ』について懐疑的な立場をとる人が多く、国内では常に議論の的になってきた経緯がある。
世界最古かつ最大のコアラ保護区の決定が与える影響
ローンパイン・コアラ・サンクチュアリーの公式発表によれば、一般市民からの声を反映した決定であり、コアラを抱っこしなくても、より深くコアラに親しみ、知ることができる体験は可能であると判断したためであることがうかがえる。また、オーストラリア動物園水族館協会(ZAA)もこの決定を強く支持する立場を表明している。
たしかに、既にコアラ抱っこが禁止されてきた州で、コアラ抱っこができなくなったからといって、州内の観光業が壊滅したかといえば、そんなことはなかったし、動物福祉の観点から鑑みれば、ローズマリー・ブース氏の言うように、やらなくてもいいことをやり続ける必要はないのではないかと思う。
世界中の人々に向けて、コアラという動物について発信しつづけてきた世界最古かつ最大のコアラ保護区の変化は、今もコアラ抱っこを良しとする施設や州政府になんらかの影響を与えることになるだろう。完全にコアラ抱っこができなくなるXデーも、そんなに遠い先ではないかもしれない。〈了〉
・・・こんなことを書くと、ウルル登山禁止の時のように、「できなくなるかもしれないから、今のうちに!」という人が必ず現れるけれど、なぜ禁止されるのか、その理由をもう一度よく考えてみて欲しいと思います...
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
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