ベネルクスから潮流に抗って
女性の代表や数を超える、組織のフェミナイゼーションという挑戦
(敬称略)東京オリンピック組織員会の会長が森喜朗から橋本聖子に変わった。現在34人いる理事で女性は7人(20%)、新たに女性11人が加わることで女性理事の数は18人になり、比率は目標の40%に達するという。なるほど、現行の男性理事をやめさせないで、定数を増やすのは抵抗や軋轢も少なく簡単だ。本来は新しく加わる女性理事の同数、男性理事に勇退してもらうべきだと思う。ジェンダー平等を目指すなら、男性が存分に支配してきた権力や発言権を少しばかり手放し、新しいスペースを作る勇気が必要だ。
森喜朗が会長の座を辞任したことは国際的にも国内的にも必然で重要だったが、彼の弟子のような、橋本聖子がリーダーシップをとっても、本質的には何も変わらないだろう。引き合いに出して申し訳ないが、小池百合子もヒラリー・クリントンも、うちの小さな非営利組織の女性ダイレクターも、男と同様もしくはそれ以上の競争心、エリート主義、マッチョな性格、周りを支配する価値で男性中心的な中枢を上り詰めてきた人たちなのだ。
残念ながら、このような女性リーダーシップを増やしたとしても、本質的、根源的なジェンダー平等や多様性の尊重を達成することはできない。代表の顔や人数を超えて、真に多様な声や視点や経験を反映する文化そのものを探求しなくてはいけないのではないだろうか。そのヒントを政治や組織の「フェミナイゼーション」という新しい社会運動の要求からから探ってみたい。
自分の周辺から考える。私は政策NGOのスタッフで在宅でパソコンに向かう仕事をしている。感染のリスクも少なく給料も通常通りもらえることに感謝しつつ、厳しい状況下の人々に思いを馳せる。この危機を社会変革のチャンスにしなければいけないと、焦って、必死に仕事をしている。
パンデミックから約一年、私も他の多くの同僚と同じように疲労している。毎日、新しい情報が山のように流入し、仕事の優先順位や枠組みは目まぐるしく変わり、今何をして何を言うべきか、目に見えない圧力に。みんなが在宅でオンライン会議の数は増える一方。仕事のオンとオフの境目はどんどんぼやけてきた。小さい子どもがいる同僚は、度重なる保育園や学校の閉鎖で、育児と仕事とバランスなんて根底から崩れた。
そんな中で、私の組織のトップ(女性)は自分へのプレッシャーをそのままスタッフに反転させて「変革のチャンスの窓はあっという間に閉まる。あなたの戦略は何なの?今こそ資金を集めよ」と迫った。私は絶句した。こういうときこそ、トップには「みんな本当によくやっている。私は誇りに思う。自分の精神衛生に十分に気をつけて」と言ってほしかった。
この間、私はフェミニストの活動家たちが提唱する「政治や組織のフェミナイゼーション」の意味の一部を理解できた。その本質は、お互いをケアする(思いやる)文化であり、組織の在り方といえるかもしれない。
ジェンダー平等でわかりやすいのは、例えば女性の議員を増やすこと、女性が活躍できる制度を整えることなどだ。ビジネスの世界でも女性の管理職やCEOの割合は指標になる。特に民間企業の女性の管理職の割合が5%強、女性国会議員が10%弱と極端に少ない日本では、女性のリーダーシップを増やすことはとにもかくにもやらなくてはならない緊急課題である。
政治のフェミナイゼーションは女性の代表性を超える挑戦である。
私たちの知っている政治や組織の特徴って何だろう。権力、強さ、カリスマ性、野心、緊張、競争、交渉、取引、かけひき、妥協、利益配分、足の引っ張り合い。こういう価値や文化の舞台で男性は闘い、女性も引きずりこまれる。私たちは男も女もこんな舞台で闘いたいのだろうか。役者だけでなく、この舞台そのもの、演出や照明を変えなくてはいけない。
フェミナイゼーションは政治や組織の性質や過程そのものあり方を問う。競争ではなく共有を、妥協ではなく共同を、かけひきではなく協力を。支配や恫喝を排して、少数者の声や慎重意見をすくいあげる。そのためのやり方や文化そのものを変えていこうというフェミニストからの提案である。
これが女性的な価値と言うかどうかは別として、競争とかけひきの組織運営が女性だけでなく少数者や強くないものを排除しているのは明らかだ。私たちが知っている政治や組織は野心の強い男性とそれ以上に強い女性しか生き残れない。
オリンピック組織委員会だけの話で終わらせず、私たちを取り巻く政治、組織、職場、ひいては家族内の支配と競争の文化を問うのがフェミナイゼーションだと思う。私が所属する小さな非営利組織の職場でも、ケアを基盤にするフェミナイゼーションはほど遠い。
それでもケアとフェミナイゼーションというコンセプトは、男女問わず特に若い世代のスタッフからの提案であり、私のような中年の心を捉えている。中年の私の使命は、一番力を持っており、一番変わるのが難しい高齢のリーダーシップに、直に働きかけることだ。
共通の理解なしに、改革は始まりすらしない。
著者プロフィール
- 岸本聡子
1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。