コラム

「ポスト真実」の21世紀でヒトはどう進化するのか?

2019年02月01日(金)16時20分

石器時代には人々は自分で自分の着るものを作り、火をおこし、うさぎを狩らなければならなかった。だが、現代人は自分がふだん着ている服のジッパーの構造すら知らない。「個々の人間は恥ずかしくなるほど世界について無知であり、歴史が進むにつれ、ますます知っていることが少なくなっている」とハラリが書くとおりなのだが、私たちは自分たちがもっと知っているような「知識錯覚」に陥っている。それは、他人の頭の中にある知識をまるで自分のもののように扱うからだ。これが「集団思考」だ。

進化論の観点からは、ホモ・サピエンスにとって他者を信頼する「集団思考」は非常に有効だった。だが、世界がもっと複雑になった現代では「集団思考」と「知識錯覚」が問題を引き起こしている。

たとえば、イラクやウクライナへの対処にしても、地図のどこにあるか指差すことができない人たちが非常に強い意見を持っている。自分が無知だと感じたい人はいないので、同じような考え方をする友人たちとだけ交流し、自分が信じる情報が正しいことだけを互いに確認しあい、信念を強化する。

民主主義は「有権者はよく知って投票する」という考えに基づいているが、私たちもよく知っているように、有権者は政治家のアジェンダを冷静に分析したりはせず「感情」で投票する。そういったこともハラリは指摘する。しかも、多くの者には自分が感情で投票している自覚すらないのだ。そういった人たちが平等に重要な票を投じるのだから、考えると恐ろしいことである。

真実ではないフィクションの「偽ニュース」は、現代の大きな問題になっているが、フィクションのすべてが悪いというわけでもない。『サピエンス全史』を読んだ人なら覚えているだろうが、フィクションの形でコンセプトを伝えることが、人類のユニークなところなのだ。人間にフィクションを作って信じる能力がなければ、「国家」という観念を信じさせ、維持させることもできない。問題をこうして他の角度から見させてくれるのも、ハラリの魅力だ。

ハラリの『21 Lessons for the 21st Century』を読んでも、人類の未来に対する明確な答えは得られない。だが、「良い質問」はぎっしりと詰まっている。

そう思ったので、クリスマスに17歳のアメリカ人の甥にこの本をプレゼントした。アメリカのトップ0.1%以上の収入がある親から勝ち組になるためだけの教育を受けてきた彼に、彼らが生きねばならぬ21世紀を異なる角度から考えてもらいたかったからだ。

21世紀に人類がどんな進化をとげるのか、それを個人的に見届けることができないのはつくづく残念だ。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米高官、中国レアアース規制を批判 信頼できない供給

ビジネス

AI増強へ400億ドルで企業買収、エヌビディア参画

ワールド

米韓通商協議「最終段階」、10日以内に発表の見通し

ビジネス

日銀が適切な政策進めれば、円はふさわしい水準に=米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に共通する特徴、絶対にしない「15の法則」とは?
  • 4
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 10
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story