コラム

精神医学の専門家が危惧する、トランプの「病的自己愛」と「ソシオパス」

2017年10月27日(金)15時00分

自己愛(ナルシシズム)の専門家でハーバード大学メディカルスクール教授のクレイグ・マルキンは、まず「pathological narcissism(病的な自己愛)」について説明する。

自己愛そのものは病気ではなく、自信を持って幸せに生きるためには必要なものだ。自己愛を1から10までのスペクトラムで測ると、4から6は健全なレベルであり、それより低かったり、高かったりすると問題が生じる。有名人は普通より高いものだが、10に近づくと「病的な自己愛」の領域になる。「自分が特別だという感覚に依存的になり、ドラッグと同様に、ハイになるためには、嘘をつき、盗み、騙し、裏切り、身近な人まで傷つけるなどなんでもする」という状態だ。この領域が「自己愛性パーソナリティ障害(NPD)」だ。

トランプの言動パターンは、この自己愛性パーソナリティ障害(NPD)と精神病質(サイコパシー)が混ざりあったときの「malignant narcissism(悪性の自己愛)」だと言う。

「悪性の自己愛」は診断名ではない。元はパーソナリティ障害の専門家であるエーリヒ・フロムの造語で、「自分のことを特別視するあまり、他人のことを自分がプレイしているゲームで殺すか殺されるかの駒としか見ていない」。いとも簡単に殺人命令を出したヒトラー、金正恩、プーチンなどが例として挙げられており、このエッセイのタイトルである「病的な自己愛と政治:致命的な混合」の意図が理解できる。

専門家としてさらに踏み込んでいるのがハーバード大学メディカルスクールの元准教授のランス・ドーデスだ。冒頭の「トランプは単にクレイジーなのか、それともキツネのようにずる賢いのか?」という疑問に対して、はっきりと自分の見解を述べている。ドーデスは、トランプの言動がもっと深刻なものであり、「精神錯乱」の徴候だと考えている。

ふつうの人間には他人への「empathy(共感、感情移入)」がある。それが欠落しているのが「ソシオパス(社会病質者)」だ。深刻なソシオパスの多くは社会から脱落するが、チャーミングで思いやりがあるフリができるソシオパスも存在する。彼らは人の操縦に長けているので、成功していることが多い。

ソシオパスはときおり「サイコパス(精神病質者)」と同様に使われるが少し異なり、上記の「病的な自己愛」の重要な側面であり、公式の診断名である「反社会的パーソナリティ障害」と同意語だとドーデスは説明する。

ドーデスは公の記録にあるトランプの言動から、「重篤な社会病質者の傾向がある」と結論づけている。そして、「これまでトランプ氏ほどの社会病質的な性質を顕わにした大統領はほかにいない」と言う。

ドーデスがこれほどはっきりと発言する理由は「重篤な社会病質によるパラノイアは、非常に大きな戦争のリスクを生む」からだ。戦争を起こせば、国の指導者として非常事態のために大きな権力を手にすることができる。この際に、憲法で保証されている人権を停止し、戒厳令を出し、マイノリティを差別することも可能になるという計算が背後にあるというわけだ。

論文を書くのに慣れている専門家たちなので、根拠もきちんと書かれており、本書を読むとトランプの精神状態への危機感を強く感じる。

この本を読了した翌日、筆者は別件でホワイトハウスを訪問する機会があった。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、習氏と会談の用意 中国「混乱の元凶」望

ワールド

ロシアとサウジ、OPECプラス協調「双方の利益」 

ワールド

維新、連立視野に自民と政策協議へ まとまれば高市氏

ワールド

ゼレンスキー氏、オデーサの新市長任命 前市長は国籍
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story