コラム

遅咲き日系人作家が生み出した、ロス黒人街の「ホームズ」

2017年04月18日(火)16時00分

イデの両親はどちらも日系アメリカ人だが、育ったのは犯罪が多いことで知られるロサンゼルスのサウス・セントラル地区だという。イデは、自分の故郷を親しみを込めて「フッド(the hood、低所得者が多い黒人街の通称)」と呼ぶ。

二世や三世の日系アメリカ人からは、親から「一生懸命勉強して医者になれ」とか「ベストな大学に行け」といったプレッシャーを与えられたと聞くが、イデの両親はそうではなかった。「(政府が設定した)貧困ラインは、見上げないと見えない」と冗談を言うほど貧しかったイデの両親は、どちらも長時間労働で、4人の息子の教育に立ち入る時間もエネルギーもなかった。「自分たちで勝手に育ったようなもの」とイデは言う。

イデの友だちはほとんどが黒人で、仲間として受け入れてもらうために、彼らの話し方、スタイル、態度を真似した。羨望もあった。家族が貧しくてお下がりしか着られないのは自分と同じなのに、黒人の友だちの着こなしは、なぜかクールだった。

イデ少年を魅了したのは、スタイルだけではない。ヒップホップのようなストリートの言葉もだ。リズム、構文、言葉の選択、抑揚、限りなくクリエイティブなスラング......そのすべてがイデ少年には詩的に感じた。彼らの真似をして溶け込むことで、内気だったイデ少年は、タフなフッドで勇敢に生きることができたという。

【参考記事】トランプ政権下でベストセラーになるディストピア小説

イデの特異な経歴

「偶然に日本人に生まれた黒人として完璧に通用はしませんでしたが、子ども時代のこのバージョンの自分をずっとありがたく思っているんです」とイデは振り返る。

IQ』には、黒人コミュニティやロスの音楽シーンの内情を知っている人にしか書けないようなリアリティがある。それには、少年時代の体験もさることながら、イデの経歴が役立っていることがわかる。

大学卒業後に小学校の教師になったものの、子ども嫌いだということに気付いて退職。大学院を終えて、大学で教えたが、それも中断。その後、ビジネスコンサルタント、企業の中堅管理職、虐待を受けた女性を援助するNGOの運営など職を転々とした。その間、文章を書くことの夢は捨てきれなかった。

そこで、決意して安い賃金の仕事をやりながら脚本を書き始めた。その間に就いた仕事は、アパートの管理、従業員全員がトランス・ジェンダーの電話代行サービス業、後に詐欺師だとわかったフランス人実業家のアシスタントなどだった。

努力が実って脚本家になった後も、自分が書きたいことを書かせてもらえない葛藤などもあり、50代後半になって思い切って書いたのがこの処女小説『IQ』だ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日本の相互関税24%、トランプ氏コメに言及 安倍元

ビジネス

焦点:トランプ関税で世界経済は一段と地盤沈下か、国

ビジネス

日経平均は急反落、一時1600円超下落 予想以上の

ワールド

トランプ米大統領の相互関税、日本は24% 全ての国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    トランプ政権でついに「内ゲバ」が始まる...シグナル…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story