コラム

「誰かに認められたい」10代の少女たちの危うい心理

2016年10月04日(火)18時15分

milos-kreckovic/istock.

<60年代ヒッピーカルチャーを背景に起きた凄惨な殺人事件「シャロン・テート事件」を題材に、期待の新人女性作家が少女たちの脆弱な心理を描く>

 アメリカ最大のブックフェアであるBook Expo Americaには、全米から図書館司書が集まる。大手出版社がPRに力を入れている新刊情報だけでなく、参加者の司書たちから得る現場の情報もまた貴重だ。学校の司書は、子どもたちに人気がある作品を熟知しているし、図書館への仕入れを担当している司書からは「今年注目の文芸小説」の情報を入手できる。

 情報源として頼りにしているある司書から、「あの本のARC(出版前のレビュー用のコピー)は絶対に手に入れたほうがいい」と言われた作品の1つが、エマ・クラインの『The Girls』という文芸小説だ。

 新人作家であるエマ・クラインという名前に聞き覚えはなかった。

【参考記事】チェコ語翻訳者が語る、村上春樹のグローバルな魅力

 日本には「新人賞」という文芸コンテストのシステムがある。狭き門だが、新人がデビューするためにはわかりやすい方法だ。だが、アメリカには、そういったシステムがない。まずは、自分の代わりに出版社に売り込んでくれる文芸エージェントと契約する。ところが、文芸エージェントを見つけるのは、日本で作家デビューするほど難しい。作品の一部とあらすじ、魅力的な手紙を書いても、たった数行の決まり文句の断り文が返ってくるだけだ。そして、文芸エージェントを得ても、出版社が興味を示す確約はしてもらえない。

 しかし25歳の若い女性の処女作『The Girls』は、出版社12社がオークションで競い合ったという。サインをしている著者を見ると、女子大生役を演じる女優のような印象だ。実際に子役として映画出演もしていたらしい。ジャグジー風呂の創業者の一族で、父はワインブランド「クライン」の創業者という裕福な家庭で育ち、16歳で大学に合格して、ミドルベリー大学で文芸賞を獲得。コロンビア大学のライティングプログラムで書いた短編が、著名な文芸誌Paris Reviewに掲載された。修了後すぐにニューヨーカー誌に勤め、同時に文芸エージェントも得て、この小説を書き終えたという。

 この作品を含めた3作の契約金は、なんと200万ドル(約2億円)だ。

 それに値する作品なのかどうか、高すぎる期待を裏切られることを覚悟で読み始めた。

 エヴィという中年女性は、知人の家で仮住まいをしているが、突然現れた若いカップルに静かな日常を乱される。知人の息子はどうやらドラッグ取引に関わっているらしい。そして、一緒にいる若い少女は、彼に洗脳され、翻弄されているようだ。2人を見ているうち、エヴィは自分が14歳だったときのことを思い出す。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

相互関税は即時発効、トランプ氏が2日発表後=ホワイ

ワールド

バンス氏、「融和」示すイタリア訪問を計画 2月下旬

ワールド

米・エジプト首脳が電話会談、ガザ問題など協議

ワールド

米、中国軍事演習を批判 台湾海峡の一方的な現状変更
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story