コラム

アメリカ政治を裏で操るコーク兄弟の「ダークマネー」

2016年05月23日(月)16時20分

 ヒラリー・クリントンが「右派による大きな陰謀だ」と発言したとき、メディアは「思いすごし」だと冷笑した。だが、ホワイトウォーター、トラベルゲート、ファイルゲートといったスキャンダルの陰には、本当にこのような大きな陰謀があった。著者によると、クリントン大統領の弾劾裁判へと至る数々の訴訟も、ヘリテージ財団が出資していたのだ。

 根拠がない陰謀説であっても、いったんマスコミが騒げば、事実として記憶されてしまう。これらの陰謀説は、2016年の大統領選挙でもヒラリーへの攻撃として使われている。

「私的財産を使った、しかもその大部分は(非営利団体のために)税金控除さえある、スケイフによる超越したレベルのクリントンに対する抗争は、極端な信念を抱くたった1人の裕福な人間が、国家の情勢に打撃を与えることを示している」とジェーン・メイヤーは書く。

 2000年の大統領選挙でアル・ゴアがジョージ・W・ブッシュに負けたのも、スケイフが火をつけたクリントンのスキャンダルの影響がある。アメリカの庶民は、知的な討論ができないブッシュを「自分たちみたいで庶民的だ」と歓迎したが、ブッシュは決して庶民の味方ではなかった。高所得層と大企業に有利な減税を実施し、ウォール街に有利な規制緩和を行い、イラク戦争を開始し、不景気、失業率増加、金融危機をもたらした。

 ロナルド・レーガン大統領の時代から共和党は右傾化していったが、スケイフやコーク兄弟などの大富豪たちは、共和党の政治家を金で操る方法でさらに党を右寄りにしていった。彼らに反抗した政治家は選挙で破れ、政治生命を失う。こうして、共和党は一握りの富豪たちに操られる党になってしまった。

 オバマ大統領の政策に反対するティーパーティも、草の根運動のふりをしているが、実際はコーク兄弟らが出資して作り出した人工的なものだ。メイヤーは、クリントンに対するスケイフの攻撃を「コーク兄弟によるオバマへの戦争のドレスリハーサルでもあった」と表現する。

 アメリカ国民に政府への不信感を広めたのはティーパーティだけではない。マスメディアの責任も大きい。コーク兄弟らの陰謀は既に知られていたのに、その代わりに、「トップ1%が残りの99%を抑圧している」、「政府も議会も機能していない」という表層的なニュースばかりを流し続け、その結果、アメリカの国民は、右寄りの人も左寄りの人も、まとめてプロの政治家をまったく信用しなくなってしまった。

「反エスタブリッシュメント」の雰囲気が漂う現在のアメリカに現れたのが、ドナルド・トランプとバーニー・サンダースだ。

 共和党の筆頭候補になったトランプは、これまで政治とは無縁だったビジネスマンだ。そして、若者に大人気のサンダースは、若かりし頃多くのデモに参加した社会活動家で、大統領予備選に出馬するまでは無所属だった上院議員だ。

 どちらも、2大政党にとっては「部外者」であり、党を代表する候補でありながらも、自分の党をおおっぴらに批判している。有権者にとって、トランプとサンダースの魅力はここにある。党という体制に媚びることなく、自分たちの感じていることをそのまま代弁してくれる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story