コラム

アメリカ政治を裏で操るコーク兄弟の「ダークマネー」

2016年05月23日(月)16時20分

 コーク兄弟の祖父はオランダからテキサスに移り住んで富を築いた移民で、父親のフレッドは1920年代にスターリン政権のソ連で石油精製所建設に関わり、その時の苦い体験から反共産主義となった。右翼団体のジョン・バーチ協会を結成し、第二次世界大戦ではイタリアのムッソリーニを賞賛し、ナチスドイツと取引した。ナチスドイツのシンパでもあり、わざわざ息子の養育係に厳格なドイツ人女性を雇ったほどだった。そんな父の影響を受けたコーク兄弟は、政府に極度の不信感を抱いて育ち、環境汚染を防ぐための規制や税金を敵視し、政府による福祉に反対で、経済的自由促進を強く信じるリバタリアンになった。

 弟のデイビッドは、1980年にリバタリアン党の副大統領候補として出馬したこともあるが、結果は失敗だった。人生で初めての大きな挫折を経験し、彼らは真正面からの政治活動の限界を知って、もっと効果的で壮大な方法を思いつく。

 一つは、膨大な富を利用し、地方自治体から連邦政府まで、全米の行政機関を自分たちの理念に沿う政治家で牛耳ることだ。そして、もう一つは、学問の看板を掲げたシンクタンクや非営利団体を作り、メディアや大学機関に入り込んで理念を広めていくというものだ。そのアイディアの元になったのは、後に最高裁判事になった保守派の企業弁護士ルイス ・F・ パウエル・ジュニアが1972年に書いた、「真の敵は、大学機関、説教者、メディア、知識人、文芸雑誌、芸術、科学だ」という文章だという。

 コーク兄弟はコーク財団を作り、ケイトー研究所(Cato Institute)、ヘリテージ財団(Heritage Foundation) など保守系シンクタンクを多く支援した。ブッシュ政権の公共政策や外交政策のアドバイザーを多く送り込んだアメリカンエンタープライズ公共政策研究所(AEI)もそのひとつで、コーク兄弟やその仲間である大富豪から何億円もの支援を得ている。著者のメイヤーによると、表面的には研究所だが、実際には石油、天然ガス、石炭等の企業による環境汚染を法的に正当化することと、企業の減税のために働く団体だ。

 コーク兄弟のコーク財団と同様の目標を持つのが、ジョン・オーリンのオーリン財団だ。CIAの隠れ銀行として機能したこともあり、ハーバード、シカゴ、コーネル、ダートマス、ジョージタウン、マサチューセッツ工科大学といった多くの有名大学で、保守的な思想を説くプログラムに何十億円も寄付し、それらのプログラムで学んだ学生が政府やシンクタンク、メディアで有名な論各へと育った。

 一方で、彼らは自分の政策に反対する政治家や科学者に汚名を着せる活動もしてきた。

【参考記事】ヒラリー対トランプの「ゴシップ合戦」に突入した大統領選

 1993年に大統領に就任したビル・クリントンとヒラリーは、ヘリテージ財団の大きな標的だった。ヘリテージ財団とは、メロン財団で有名なメロンの財産を引き継いだリチャード・メロン・スケイフとクアーズビール経営者のジョゼフ・クアーズが出資してできた保守系シンクタンクだ。

 ヘリテージ財団は、クリントン夫妻の拠点であるアーカンソー州にちなんだ「アーカンソー・プロジェクト」を作り、複数の私立探偵を雇ってクリントンに関する汚点を探った。そして、嘘が混じった猥褻な逸話を、アメリカン・スペクテーター誌に流したのだ。この雑誌の資金もスケイフから来ている。

 クリントン大統領の次席法律顧問ビンス・フォスターの死が自殺と判明した後でも、スケイフはそれが殺人だとほのめかし、「(クリントンは)人々に命令して(都合が悪い人物を)始末する。(クリントン関係者で)ミステリアスな死を迎えた者が60人はいる」と取材に答えたこともある。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:自民圧勝でも円売り不発、「対話」発言にお

ワールド

高市首相、食料品の消費税2年間ゼロ「できるだけ早く

ワールド

ロシア外相、米国との経済関係に悲観的 「明るい未来

ビジネス

シュローダーとアポロ、商品開発で提携 プライベート
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日本をどうしたいのか
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 5
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本…
  • 6
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 7
    背中を制する者が身体を制する...関節と腱を壊さない…
  • 8
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 9
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 10
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story