コラム

出版不況でもたくましいインディーズ出版社の生き残り術

2016年05月18日(水)16時40分

watanabe160518-02.jpg

インディーズ出版社専門の取次業者IPGのブース(筆者撮影)


1)マニアが愛するニッチな本を作る

 シカゴ・レビュー・プレスが刊行するのは、南極マラソンなど世界の究極のレースに関するノンフィクション『The Coolest Race On The Earth』や、驚愕の女性遍歴を持つハードロック・ドラマー、カーマイン・アピスの回想録『Stick It!』などに代表される、ポップカルチャー、音楽、伝記、回想録の分野だ。しかも、大手出版社が手を出すのをためらうようなリスキーなものが多い。それを、シェリーは「ニッチビジネス」と呼ぶ。つまり、競合が少なく、競争優位性が高い隙間分野だ。

 リスキーな本を成功させるコツは、本の選択と、こだわりの編集だ。無数の読者を想定せず、少数の情熱的な読者に愛される本を出すことを目指すのも重要だ。シカゴ・レビュー・プレスには、それぞれの得意な分野で出版する本を厳選する担当編集者がいる。つまり、本を選ぶ編集者がある種のマニアなのだ。

2)寿命の長い本を出版する

 大手出版社は、何百万冊も売れるベストセラーをめざす。だから、ベストセラーにならない本はすぐに見捨てられ、本の寿命が短い。だが、シカゴ・レビュー・プレスは、少しずつでも長年売れるタイトルを選ぶ。つまり、ビジネス用語でいう「ロングテール」だ。たとえば、70年代に有名だった兄妹ポップス・デュオの妹、カレン・カーペンターの人生を描いた『Little Girl Blue』などがそうだ。カレンは摂食障害の末に83年に亡くなったが、2011年に出版されたこの伝記は、今でも静かに売れ続けている。

3)小規模の身軽さを武器にする

 シカゴ・レビュー・プレスの場合には、各タイトルで数千冊売れれば元は取れるという。大手出版社では、抱える社員が多く、宣伝費などのコストも膨大だ。だから、何百万冊も売れるベストセラーを次々に産み出すプレッシャーがあり、リスクがとれない。インディーズは、小規模だからこそ、大手がためらう面白いタイトルを手がけられる。

 そのリスクは、たまに大きく報われる。たとえば、『Grandma Gatewood's Walk』という本だ。アメリカ東部アパラチア山脈にそって14州、3500キロメートルを横断するアパラチアン・トレイルは、今でも難関だが、20世紀前半はさらに難関で危険だった。1955年に、そのアパラチア山脈を単独で歩ききった67歳の女性がいる。「ゲートウッドおばあちゃん」と呼ばれて全米で有名になった彼女のおかげで、アパラチアン・トレイルは大幅に改善され、利用者が増えた。アパラチアン・トレイルを救ったとはいえ、ゲートウッドは「普通のおばあちゃん」だ。それなのに、彼女の伝記が、アウトドア出版の賞を受賞し、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストにも入るほどヒットしたのだ。

4)ディストリビューター(取次業者)でもある

 小規模のインディーズ出版社にとって、書店への販売流通の確保は大きな難問となる。良い作品を作っても、書店に置いてもらえなければ読者には届かない。そこで、シカゴ・レビュー・プレスは、1987年にインディペンデント・パブリッシング・グループ(IPG)という取次業者を買い取り、系列会社にした。IPGは、シカゴ・レビュー・プレスの作品だけでなく、ほかのインディーズ出版社のマーケティングやセールス、ネット戦略も取り扱っている。

 このように、シカゴ・レビュー・プレスは、好きな作品を作る自由を保ちつつ、経済的な安定も確保している。インディーズといっても大手並みの存在感を持っている。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story