- HOME
- コラム
- ベストセラーからアメリカを読む
- ベトナム戦争の「不都合な歴史」を若者に伝える傑作ノ…
ベトナム戦争の「不都合な歴史」を若者に伝える傑作ノンフィクション
ベトナム戦争はアメリカ社会にもまた深い傷跡を残した Courtesy U.S. Army-REUTERS
筆者より10歳以上年上のアメリカ人なら、ダニエル・エルスバーグ(Daniel Ellsberg)という人物に対してはっきりとした意見を持っている。「政府の嘘を暴露してベトナム戦争を終わらせた英雄」か、あるいは「英雄ヅラして国家機密を漏らした裏切り者」である。
しかしその世代が歳を取ったいま、アメリカではエルスバーグの名前どころか、ベトナム戦争そのものの記憶が薄れてきている。政府にとってはそのまま忘れ去ってもらったほうが都合がいいと思うのだが、国民が忘れそうになると、必ず新しい本が出版されるのもまたアメリカのいいところだ。
Steve Sheinkinの『Most Dangerous: Daniel Ellsberg and the Secret History of the Vietnam War』もその1つ。1945~1968年にかけての「ベトナムにおける政策決定の歴史」、通称「ペンタゴン・ペーパーズ」という極秘報告書を報道機関に漏洩したダニエル・エルスバーグを中心にベトナム戦争の歴史を語るノンフィクションで、『Most Dangerous』というタイトルは、ニクソン政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官だったキッシンジャーが、エルスバーグのことを"the most dangerous man in America"と呼んだところから来ている。
この本がこれまでの関連本と異なるのは、まず読者ターゲットが中学生から高校生で、シンプルな語彙や文章にして読みやすくした「ヤングアダルト」のジャンルだということ。
そして冒頭から、変装した元FBIエージェントのジョージ・ゴードン・リディと元CIAエージェントのエベレット・ハワード・ハントが、エルスバーグの精神科医の事務所に押し入るというスリリングなシーンで始まる。しかも、このとんでもない犯罪を彼らに命じたのは、アメリカ大統領なのだ。ノンフィクションが苦手で、飽きっぽい中高生の読者であっても、「なぜ大統領がそんなことをするの?」と好奇心を抱いて読み続けたくなる。
ダニエル・エルスバーグは、非常に複雑な経歴を持つ人物だ。ハーバード大学を上位の成績で卒業したにもかかわらず、愛国精神から海兵隊に従軍し、戻ってからは有名シンクタンクのランド研究所で核兵器を専門とする戦略アナリストになった。その後ハーバード大学院で経済学の博士号を取得し、エルスバーグ・パラドックスという有名な論理を生み出した。1964年に国防長官ロバート・マクナマラのもとで勤務していたときには、共産党の侵略を防ぐためとしてベトナム戦争を擁護するタカ派だった。
英王室から逃れたヘンリー王子の回想録は、まるで怖いおとぎ話 2023.01.14
米最高裁の中絶権否定判決で再び注目される『侍女の物語』 2022.07.02
ネット企業の利益のために注意散漫にされてしまった現代人、ではどうすればいいのか? 2022.03.08
風刺小説の形でパンデミックの時代を記録する初めての新型コロナ小説 2021.11.16
ヒラリーがベストセラー作家と組んで書いたスリル満点の正統派国際政治スリラー 2021.10.19
自分が「聞き上手」と思っている人ほど、他人の話を聞いていない 2021.08.10